<オババ>
ゴリゴリゴリ
ゴリゴリゴリ
薬研で薬草を擦る音が響いているのは、オババの家だ。
実際、薬研を使っているのはオババではなく、孤児院の年長組のベシーとリンダ。床に座りながら大きな薬研を使っているのはベシー。それより一回り小さいのはリンダが使っている。
時々、オババの手伝いをしていた二人だったが、本格的に弟子入りをすることになったのだ。
オババは二人のそばに座りながら、彼女たちの手元をジッと見ている。
「ベシー、もう少しゆっくり。あんまり勢いよく擦ると熱がこもるからね」
「熱がこもると何がいけないんですか?」
ゴーリゴーリゴーリ
ゴーリゴーリゴーリ
真面目なベシーは、擦るペースを落としながらオババに質問をする。隣で同じように擦っていたリンダも、手を止めずに耳を澄ましている。
オババは口角をゆっくりとあげる。
――娘にもこんな時期があったねぇ。
そう思いながら、オババは二人に説明をする。
オババの娘はすでにいない。薬草採りに森に入った夫とともに魔物に襲われて亡くなったのだ。
その後、村でオババの後を継げるような者はいなかった。なにぶん、細かい作業よりも魔物を狩るほうが好きな脳筋な連中が多かったのだ。
このままでは自分がいなくなったら薬師がいない村になってしまう、と不安に思い続けていた。
――まさか、人族の娘たちに教えることになるとはねぇ。
懸命に薬作りに勤しむ二人の横では、年少組で今年10歳になったボルトが、薬草の選別をしている。ボルトは薬師になるということよりも、植物が好きで自分で採ってきた植物をオババから教えてもらっているのだ。
「ん」
「どれ。それはハプン草だね。どこに生えてた?」
「……あっちの山」
ボルトは葡萄畑のある山のほうを指さした。
「おや、あの辺にも生えていたかい」
「ん」
満足げな顔をしながら、選別を続けるボルトの頭を優しく撫でると、オババの視線は再び二人の娘のほうに向く。
擦りあがった状態を確認したオババは、うんうんと頷くと、二人に荒めの布を渡した。
今回作っているのは、メディカを使った下痢止めの薬。二人は薬草を布に移すと、小さなボウル(五月からプレゼントされたプラスチック製)に薬草のエキスを搾りだす。
――この子らが、このまま村に居ついてくれればいいんだがね。
オババは今まで村から出て行った若者たちのことを考えると、少しばかり期待してしまう。
それでも半数くらいの若者は村に戻ってきている。ボドルやコントルといったハノエの兄たちは家庭を持ち、赤ん坊も生まれているし、ケニーやラルルなどの若手の冒険者もよく村に戻ってくるようになった。
――あとは、ネドリ様とガズゥ様が無事に戻ってきてくれればのぉ。
二人が村を出て半月くらい経っていた。
フェンリルであるビャクヤも同行しているから大丈夫だろうとは思うものの、心配になってしまうオババ。
「オババ様、搾り終わりました」
「うん、どれどれ」
ベシーの差し出したボウルに、小さな薬匙で汁を掬い、味をみる。
「いいね。この味を覚えるんだよ」
そう言ってベシーとリンダにも味見をさせると、うえぇぇ、としかめっ面になる。
「ハハハ。こいつをエラ(黒豆)の粉と混ぜて丸薬にするんだよ」
「ふあ~い」
二人がしかめっ面のまま、エラの粉をとりに薬棚に向かって行くのを、オババは穏やかな表情で見つめ続けた。





