<ノワール>
真っ青な空のかなり上のほうを、真っ黒な巨大なドラゴンが大きな翼を広げて飛んでいる。日差しを受けて、黒い鱗が煌めいている。
かなりのスピードで高いところを飛んでいるせいもあって、気付いても地上からは小さな黒い点くらいにしか見えない。そもそも、気付く者などいないだろう。
黒いドラゴンの正体はノワール。
憂鬱そうな顔で、空を凄いスピードで飛び続けている。
――はぁ。どうして俺には出来ないんだろう。
ノワールは、エイデンからの課題、身体の大きさを変えることと、人の姿になること、この二つが出来なくて、鬱憤を晴らすように空を飛び続けていたのだ。
2歳を過ぎた今のノワールの大きさは、座った時の体高はすでに10mを超えている(頭から尻尾までだったら20m近い)。1歳の時点でログハウスに入れない大きさに育っていたのを考えれば、少しは成長ペースは落ち着いたといえる。
しかし、この大きさにまでなると、身体が大きすぎて、五月のログハウスの敷地にも降りられなくなってしまった。
そもそも、ここまで大きくなったのは、五月とエイデンのそばにいたから。
日本の材料を使った五月の手料理だけでなく、大量の魔物の肉精霊たちのパワー満タンな野菜をたらふく食べた上に、五月の無自覚に垂れ流す聖なる力や、エイデンの溢れる魔力の影響で、自然と身体が育ってしまうのも仕方がない。
しかし残念ながら、身体ばかり大きくなって、肝心の細かい魔力のコントロールがあまり上手くはない。
「お前は私の力を少しだけではあるが受け継いでいる。身体の大きさを変えたり、人化することもできるはずなんだ」
エイデンの言葉にヤル気にはなったものの、どうやったらいいのかさっぱりわからない。
攻撃的な魔法や、身体強化は無意識にでもできるのに、身体の大きさや人化はどうにもならないのだ。
あまりにも出来な過ぎて、空を飛んで現実逃避をしているのが、今のノワールの現状だ。
『わーん、どうして身体の大きさが変えられないんだよー!』
そう叫びながら飛んでいるうちに、気が付くと、元魔王の卵が現われた研究所の跡地に辿りついた。ここには五月の結界が張られているから、魔物も人も入って来れない。
広々としたその土地に着陸すると、誰もいないと思ったら、大声で泣き始めてしまった。当然、泣き声は結界の外にいる魔物たちにも届いて、魔物たちはドンドンと逃げていく。
そして、ちょうどお散歩(?)にやってきていたマリンとセバスの耳にも届いた。
『あらやだ。この泣き声はノワールじゃない?』
「……メエェェェ(余計なヤツがいる)」
二匹はノワールの元へ歩いていく。
『どうしたのよ、こんな所で』
「……メェェ(うるさいなぁ)」
『ふぇぇぇ!? マ、マリン~、セバス~』
ノワールはマリンたちの声にびっくりするも、知り合いに会ったせいか、余計に涙が零れていく。
びえびえ泣きながら語るノワールの話を、うんうんと聞いているマリン。セバスは興味がまったく無いので、研究所の跡地のほうへとのんびり歩いて行ってしまった。
『なるほどね、って、そういえば、私も大きさ変えられるんだったわ』
黒猫くらいの大きさだったマリンが、一瞬、白く光ったかと思ったら、一気に大きくなった。大きさは大柄な虎くらい。ビャクヤ一家の三つ子よりは少し小さいだろうか。これが聖獣バスティーラ本来の大きさだ。
『マ、マリン、いつの間にこんなに大きくなったの!?』
『あら? なんか思ってたより大きくなってるわ』
彼女としてはホワイトウルフくらいの大きさかなぁ、と思っていたのに、予想よりも大きくなっていた。これも五月の恩恵である。
『それよりも! 小さくなるには……』
一生懸命説明してあげるマリンなのだが、ノワールにはどうにもピンとこない。
『びぇぇぇぇ、わかんないよぉぉぉ!』
大きな声で叫んだ時。
今まで起きなかった真っ白な光が、ノワールを中心にピカ―ッと光った。
『ま、眩しい』
「メェェェェ!(どうした!)」
研究所の跡地からマリンのほうへと猛スピードで走ってきたセバス。
光が落ち着いた時に二匹の目の前に現われたのは。
「……メェェ?(なんだ、こいつは)」
『あらあら』
素っ裸の小さな子供がびえびえ泣いているのであった。





