第647話 立ち枯れの拠点側の『転移用の部屋』?
黒く染められた木で縁取られた大きな襖。私が作った木造平屋の襖は、シンプルに白無地なのに、この襖には見事に大きな松と富士山に鶴の襖絵が描かれている。
――それでも石の床に襖は違うだろ!
凄い違和感を感じたのは、日本人の私だけかもしれない。
しかし、これはない、と思ってジロリと稲荷さんのほうに目を向けたのだが、稲荷さんは私の視線など気にせず、さっさと襖を開けてしまった。
「ひゃぁぁっ!?」
「なになになにー!」
「きゃー!」
襖が開いた先は、立ち枯れの拠点の畑の前で、なぜか孤児院の女の子たちが集まっていて叫び声をあげている。
彼女たちの手には収穫した野菜たちがあったので、ここで畑作業をしていたのかもしれない。
「はいはい、落ち着いてねぇ~。さぁ、望月さん、ここでいいですかね」
完全に子供たちをスルーして、向こう側に行ってしまった稲荷さん。私も慌てて襖の向こう側に行くと。
「サ、サツキさまっ!?」
「え、えぇぇ!?」
「サツキさまだー!」
「やほー。ちょっと、どいてくれるかなぁ」
私にまとわりつきだした子供たちの頭を撫でながら、襖のほうを振り返る。
「……こっち側でも襖なのね」
地面に直に襖がたっている。石の床以上に、違和感ありまくり。
そして襖の向こう側には、目をまん丸にして見ているヘンリックさんたちがいる。
「ねぇ、稲荷さん」
「なんです?」
「エルフの里のほうの『転移用のドア』も襖なんですか?」
「……」
『稲荷~、正直に言え~』
遮光器土偶のイグノス様が、ふよふよとこちら側に飛んできたのを見て、子供たちは唖然としている。
「はぁ……あちらは木製のドアですよ。仕方ないじゃないですかぁ、一日に二台も転移用のドアを作るなんて思ってなかったんですよぉ」
げんなりした顔の稲荷さん。日本の神様だけに、和風な物のほうが作りやすいらしい。木のドアだって関係ないんじゃ、と思ったら、奥さんの好みに合わせて頑張ったらしい。どんなのを作ったのか、少しだけ気になる。
「ほぉ、これは便利じゃの」
次に現われたのは、なんとオババで、その後をぞろぞろと皆が出てきた。
「なるほどのぉ」
「これは移動が楽だな」
「こいつはどうなってるんだ?」
オババとヘンリックさんがうんうん頷き、エトムントさんは襖自体に興味津々。
「温泉行くだけなら、これはいいな」
「毎日温泉とかいいわね!」
ネシアとアレシュが嬉しそうに話している。
そんな中、一人不機嫌そうなエイデンだったけれど、子供たちが彼に気付いて足元に駆け寄り抱き着いてきたので、抱き上げたり頭を撫でたりして、少しだけご機嫌は回復したようだ。
「うん、とりあえず、ここにも小屋を建てて、その中に襖を移動させないと」
稲荷さんの襖だけに、雨くらいでは問題なさそうな気もするけれど、やっぱりむき出しであるのは見た目上おかしい。
私はタブレットを取り出して少し考えたあと、薪などをストックする時に使っている『小屋(床:コンクリート) 』を選んだ。
本当は襖なのを考えると板や畳を使いたいところだけど、温泉側の部屋に合わせて土足で移動しやすそうなコンクリートの床を選んだ。
「はいはい、じゃあ、移動させるんで皆さん離れてくださいねぇ」
稲荷さんの声と同時に、いつのまにか閉じられていた襖が少しだけ浮いたかと思ったら、スススーッと前進。くるりと表裏が回転して、そのまま小屋の中に音もなく設置された。
「さて、動作確認」
稲荷さんがサッと襖を開いた先は、温泉側の『転移用の部屋』。
「うん、問題ないね……これでいいかな」
ちょっとお疲れモードの顔つきの稲荷さんにそう言われたら、これ以上何も言えない。実際、今は、何も浮かばないし。
稲荷さんは、ふひー、という深いため息とともに、温泉のほうに戻っていってしまった。





