第644話 稲荷さん、イグノス様にケチ臭いと言われる
私の大声に、稲荷さんが顔をしかめて、耳を押さえている。
そんなに大声を出したつもりはないんだが。
「もう、私が考えていないと思います?」
「本当っ!?」
「と、当然じゃないですかぁ(ないなんて言えない! エイデン、威圧、威圧押さえて!)」
稲荷さんの背後に立つエイデンが怖い顔をしているせいか、たらりと冷や汗が垂れているように見えるんだけど。
レィティアさんが使ってやってきた『転移用の部屋』というのは、この温泉の建物の中の宿泊施設の奥にあるのだとか。
「その部屋にドアを設置しているんですよ。そこを通じてエルフの里の我が家から転移してこられるようにしてるんです。同じようなもの望まれるなら、望月さんのところにもお作りしますよ」
「やったー!」
話の感じから、所謂『どこ〇もドア』みたいな物だろうと予想できる
長時間の移動(といってもエイデンが運んでくれてるだけだけど)でなくなるのは、大きい。何より、入りたいときに入れるのは、嬉しい。
――あ、エイデンの機嫌が。
どす黒いオーラが立っているように見えるんですけど。
「あ、あー、出来れば、あっちの温泉のほうに作ってもらえませんか?」
「う、うん、そうだね」
稲荷さんも感じ取ったのか、顔を引きつらせている。
「じゃあ、さっそくお願いします!」
「え、あ、いや、あの」
「さぁ、さぁ、さぁ!」
「え、えぇぇぇぇ」
私は稲荷さんの腕をつかむと、エイデンたちが作ってくれた温泉の建物へと引きずっていく。
「いや、その、望月さん!」
稲荷さんが声をあげているけれど、気にしない。
そんな私たちの後を、ヘンリックさんたちもついてくるわけで、皆が皆、期待の眼差しだ。唯一、エイデンだけが納得いかな顔をしている。
素直に引きずられてやってきた稲荷さんだけど、ちょっと遠い目になってる。
「さて、その『ど〇でもドア』は?」
「望月さ~ん、『〇こでもドア』じゃないですよぉ」
「まぁ、まぁ、まぁ」
「はぁ……とりあえず、転移用のドアをご用意するのはいいんですけど、一応、往復する場所を決めてからでないとダメです。それと、この建物の中に『転移用の部屋』にできる場所はあります?」
「あ」
言われてみたら、平屋建ての建物には脱衣所とお風呂しかなかった。
『まったく、ケチ臭いヤツだなぁ、稲荷は』
いきなり、聞き覚えのある甲高い子供の声が聞こえてきた。
「イグノス様!?」
きょろきょろと周囲を見渡していたら、なぜか、建物のドアが開いて、その中から小型の遮光器土偶が、ふよふよと浮かびながら現われた。前に見た大きい姿とは違う、まるでお地蔵さんみたいな感じだ。
『ふ~、よいお湯であったぞ』
まさかのイグノス様が温泉に入ってた!
遮光器土偶の姿でお湯に浸かっていたのか、ほのかに湯気がたっている気がする。
『エイデン、よい場所を見つけたの』
「フンッ(せっかく五月のためにと思ったのに、今度はイグノス神まで来るなんて、散々だ)」
イグノス様に褒められたのに、口元をゆがめている。まだ不機嫌そうだ。
『稲荷なら、簡単にできるだろう?』
「イグノス様、そうはおっしゃいますが……(ここは我が世界ではないので、私にしては少しばかり無理をしたんですけどねぇ)」
稲荷さんはげんなりした顔になっているけど、遮光器土偶のイグノス様の表情はわからない。(当たり前か)





