第639話 稲荷さん、そういえば神様だった
温泉の話の後、軽自動車と軽トラに新しいカーナビの話をすると、ちょうど軽トラのほうは車検に出す頃だったのもあり、軽トラのほうだけでも預かりましょう、という話になった。
元々、この軽トラは稲荷さんの会社の持ち物になっているので、かかる費用も稲荷さん持ち。ありがたや~である。
ちなみに軽自動車のほうの車検は、去年の夏の間に稲荷さんにお願いして終わっている。その時にカーナビも新しいのに買い替えればよかった、と今更思う。
ちょうどいいので、そのまま軽自動車の助手席に稲荷さんを乗せて、ログハウスへ向かうことにした。
「温泉楽しみですねぇ」
「あははは」
私は空笑いをしながら、目の前の道に集中する。トンネルを抜けるまでは、車のライトだけが頼りなのだ。
運転する私をよそに、稲荷さんは助手席で鼻歌を歌いながら、タブレットを出して何やらいじっている。画面の光が反射しているせいか、稲荷さんの顔が若干怖い。
「何してるんです?」
「ん? ああ。ちょっと私のお仕事をですね」
「お仕事? キャンプ場のですか? お忙しいんですね」
チラリと稲荷さんのタブレットに目を向ける。
「いえいえ。これは神様仕様のタブレットですよ」
「はい? あ、前に見せてもらった」
「あー、アレとは別です。これは、日本用のモノでして」
「え、えぇぇぇ?」
運転中に驚かすようなことは言わないでほしい。思わず、大きな声が出てしまった。
「元々は、私が自分用に作ったのを見たイグノス様が、似たようなのが欲しいと言うものですから」
「ああ……」
なんとなく、イグノス様なら欲しがりそうだな、と私でも思う。
肝心の稲荷さんのお仕事は何なのか、聞かないという選択肢はない。
「そうですねぇ(望月様でしたら、だったらいいかぁ)」
一瞬考え込んだ稲荷さんだったけれど、内緒ですよ、と言って教えてくれたことには。
「実はキャンプ場の中に異世界との歪ができてしまってるんですよ」
「は?」
「参りましたよ。春先に1つ見つけて、塞いだつもりだったんですけど」
どうもキャンプ場の奥のほう、うちのトンネルのほうとは別の山側に出来ていたらしい。それを塞いだのに、また別のところに歪が現われたのだとか。
「えぇぇ、大変じゃないですかぁ!」
「そうなんです。大変なんですよ。それで、このタブレットで歪の位置を確認してるってわけです」
稲荷さんのタブレットには、キャンプ場周辺の地図が表示されているらしい。さすがに運転中なので、ちゃんとは見れないのが悔しい。
「確認って、塞がないんですか?」
「これが面倒なことに、位置が固定しないんですよ」
現れては消え、現われては消え、しているらしい。
ただ運がいいことに、この歪自体は夜間に山の中に現われているので、まだキャンプ場の利用者が巻き込まれるということにはなっていないらしい。
「夏休みになったら、お客さんも増えてきますし、参りましたよ。もう大本になっている奴らを始末するしかないと思うんですけどね……あ、また現われた」
稲荷さんのいう『大本になっている奴ら』という言葉に、帝国で見た黒い森と怪しいアジト跡のことを思い出す。あそこで魔王を召喚しようとしていたのを考えると、同じようなことをしている連中がいるんじゃないか、と思ってしまう。
ただ残念ながら、こちらには魔王なんていうのは存在していないけれど。
「戻ったら、お仕置きをしに行かないといけないようです」
ニヤァ、と悪そうな笑みを浮かべた稲荷さんの横顔を見て、ゾッと寒気がした。
――忘れがちだけど、稲荷さん、ちゃんと神様だった。
そう思いながら、冷や汗をかきつつ、運転を続ける私なのであった。





