第627話 成人の儀と白狼族
夢中でトマトを食べていたガズゥ。口元をトマトで真っ赤にしていたけれど、自分のことを話していることに気付いた。慌てて全部食べきって、真面目な顔で私の方を見ている。
思わず苦笑いしながら私の口元を指でさせば、慌てて腕で拭うガズゥ。
そんなガズゥを、同じように苦笑いで見つめていたネドリだったが、再び私に向けた眼差しは真剣そのもの。
「今年でガズゥは12歳です。12歳ともなれば、獣人であれば成人扱いになります」
ちなみに、人族では15歳が成人だそうで、それすらビックリだ。
そうなると、今いる人族で孤児院のリンダとケインが15歳になるんじゃなかっただろうか。こちらでは、どんな祝い事をするんだろうか。後でピエランジェロ司祭にでも聞いてみよう。
「普通なら村で成人祝いの宴だけで済むのですが、私のような白狼族、その中でも……王族の血筋に連なる者は、里に戻って成人の儀を受けねばなりません」
そういえばネドリがそういう高貴な血筋だというのは聞いた記憶がある。
しかし、すっかり、村長が板についていて、もう関係がないのかなと思っていた。
「……このまま、狼獣人の村の村長の息子として生きていってもいいと思ったのですが……里の者は許してくれないようで」
この春、獣王国の街の冒険者ギルドに、たまたまドゴルたち若手の冒険者たちが行った時に、白狼族の冒険者と遭遇したらしい。
彼らは手紙を届けに狼獣人の昔の村の跡に行ったらしく、何があったのか調べるために、冒険者ギルドに来ていたそうだ。その時、ネドリ宛の手紙が渡されたらしい。
その手紙の主は、白狼族の里の長であり、ネドリさんの祖父なのだとか。
なんだか、面倒そうな雰囲気である。
「それは断れないんですか。そもそも、その成人の儀っていうのは、ここでもできないの?」
「白狼族の成人の儀は、里の奥に祀られている神の前で行われるのです。私も12歳で経験しましたが……ガズゥなら、大丈夫だと思います」
「え、大丈夫、って、なんか大変なことでもあるの?」
「申し訳ございません。これは一族の秘密なので……」
「あ、うん、なるほど」
さすがに『一族の秘密』を聞き出すほど、私も図太くはない。
「でも、それで戻りがわからないって、どういうこと。大変でも、ハノエさんと赤ちゃん連れていくとかしたら」
「白狼族の村は閉鎖的なので……ゲッシュには白狼族の血筋が色濃く出ていますが、黒狼族のハノエだけ入れてもらえないでしょう」
「……ああ」
「ただの成人の儀だったらよいのです。ただ、先祖返りのガズゥの姿は、里の者から次代の里長と望まれるかもしれません」
ガズゥはびっくりした顔でネドリを見上げる。
「俺、やだよ。俺はサツキ様をお守りするって決めているのに!」
「ああ、そうだな……だから、お前だけではなく、私も行く」
「え、まさか、ガズゥだけで来いとか手紙に書いてあったの?」
「ええ……実は白狼族の冒険者が、秋になる前に出迎えのために向かうと書かれていまして」
「でも、この村のことは」
「ドゴルたちの後をつけていたようで……最近、村の近くで数人の冒険者の姿を見かけるようになったと、山に入っている者たちから報告が来ております」
「あらら」
すっかり、グルターレ商会以外は村に近寄る者はいないと思っていた。
結界があるから中に入り込むことはできないまでも、村の近くをうろつかれるのは困ったものだ。
その上、手紙に書かれていた出迎えに来る人物は、ネドリの従弟にあたる冒険者らしい。それも、ネドリに憧れて冒険者になったとかいう。
……なんか執着系の予感がするんだけど、大丈夫だろうか。





