第625話 再びの出産
今回の出産は、三人とも村で一番大きな家である村長のネドリの家でするようで、家の中に入っていくネドリの後をエイデンとともについていくと、産婆代わりのオババや村の奥さんたちが総出で、中々な修羅場になっていた。
テオママとマルママの家が、村長の家から離れていることと、オババの体力も考えて、村長の家まで来てもらったらしい。彼女たちのことは客間で村の奥様たちが様子を見ているそうで、すっかり産院状態だ。
「サツキ様!」
「どうも」
その中でメリーさん(ガンズ母)が私に気付いて声をかけてきた。私は片手を小さくあげて返事をする。
「なんか凄いですね」
「ええ、まさか、三人同時とか、ビックリです」
苦笑いをしているメリーさん。
一緒に来ていたネドリは笑みを返す余裕もないのか、ハノエさんのいるらしい部屋の前に立って難しい顔をしている。その様子を心配そうに見上げているガズゥ。テオとマルも心配そうな顔で、それぞれの父親の足にしがみついている。
「……よし」
いきなり、ネドリが気合の入った声をあげたかと思ったら、ガズゥに小さな声で何かを告げた。ガズゥも真剣な顔で頷くと、二人は無言で家から出て行った。
何をするつもりだろう、と心配になって後を追って家の外に出て見ると、
「なんじゃこりゃ!?」
私の視界を遮るように、精霊たちで溢れていた。
「ちょ、ちょっと、何これ!」
思わず両手をバババッと振りまくる。こう言っては彼らには悪いけど、まるで春の川原とかで発生する羽虫みたい。
『まだかな、まだかな』
『こんどこそ、ひのかごだ!』
『なにいってんだ、かぜのかごだろ!』
『……つちのかご』
どうも、前回光と水の精霊が加護を与えたことで、他の精霊たちが次は自分たちだと張り切っている模様……。
『お前たち、少し、落ち着きなさい』
いつの間にか土の精霊王がやってきて、精霊たちを窘めているけれど、皆興奮しているようで聞いていない。
『つちのは、いとしごがいるんだからいいだろ』
『……つちのかご』
『しつこいぞ』
『しつこいわ』
「うるさいぞ、お前たち」
揉め出している精霊たちに、エイデンが低い声で注意したら、わちゃわちゃしていた空気が一気に固まった。土の精霊王の言葉は聞かないのに、エイデンの言葉に固まるとか……精霊王が、少し可哀想。
「邪魔だ、どけ」
バッという音が聞こえそうなくらい勢いよく消えた精霊たち。まるでモーゼの海割りみたいに目の前が開けた。
「ありがと」
「うむ」
しかし精霊たちのせいで、ネドリたちの行く先がわからなくなってしまった。
「あっちだ」
エイデンがサッサと先を歩いていく。その後を慌てて追いかけていくと、ザバッ、ザバッという水の音が聞こえた。
何事かと思ったら、村の池のそばにしゃがみ、池の水を被っているネドリとガズゥの姿が見えた。
――あれは、もしかして禊?
初夏なので、水を被っても凍えることはないだろうけれど、ここの池の水はけっこう冷たかった気がする。それにそろそろ日が暮れる。
ネドリとガズゥは濡れたままの状態で立ち上がると、今度はユグドラシルの前へと向かっていく。そこで二人は三回お辞儀をしたかと思ったら、ジッと固まっている。こちらからは背中しか見えないけれど、お祈りでもしているのだろうか。
すっかり御神木扱いのユグドラシル。『世界樹』なのだし、祈りの対象になってもおかしくはないのかもしれない。
そして、ネドリたちの周りには、緑色の光がたくさん集まっている。あれは、風の精霊たちだろうか。
私は静かに彼らの後ろに立ち、同じように祈る。
――どうか三人とも無事に出産を終えられますように。
祈り終えた私はガズゥの肩にバスタオルをかけるけど、ガズゥは気付いていないようで、両手を組んで必死に祈り続けていた。
私は顔を引き締めて、皆の食事の準備をするために、エイデンとともにその場をあとにした。





