第613話 馬車とゴーレム
ギャジー翁の家にやってくると、裏手のほうが騒がしい。
何事かと覗きにいくと、ヴィッツさんとともにドワーフたちが何やら図面を見ながら話している。そして、その彼らのそばには、1台の馬車が置かれている。
「何やってるんですか?」
思わず、ヴィッツさんたちに声をかけた。
「あ、サツキ様!」
驚いたような声をあげたヴィッツさんが、すぐに頭を下げてきた。それに合わせて、ドワーフたちも被っていた帽子をとって頭を下げてくる。
「馬車ですか?」
村の馬車は基本荷馬車。幌をかけてあるものもある。
しかし、今、目にしているのは四角い箱ののっているタイプ。シンプルな直方体でゴツイ感じ。大きな車輪が4つついていて、車軸が金属で出来ているようで、かなり丈夫そう。
前に見た、王太子一行が乗ってきたような華奢で豪華なデザインの馬車とは違って、 これを馬に引かせるのは重そうで大変だろう。
「ん~、確かに『馬車』ではあるんですが」
「こいつは馬に引かせるんじゃねぇんだそうですよ」
ドワーフのヘンリックが鼻を擦りながら、何やら自慢気だ。
「え、馬じゃなかったら……まさか、ホワイトウルフたちにでもお願いするの?」
ホワイトウルフたちが引いている姿を想像して、まるで犬ぞりみたいだわ、と思ってニヤリとしてしまう。
「まさか、まさか!」
ヴィッツさんが慌てて否定する。
「あいつらが、そんなことを許すわけないでしょうが」
「そんな、おっそろしいこと、言わんでください」
ドワーフたちがワタワタする。
「(お願いしたらやってくれそうだけど……)だったら、何で引くの?」
「フフフ、それはこれからお見せしましょう」
いつの間にか家の裏口からギャジー翁が出てきていた。
何を見せてくれるんだろう、と彼の後をついていくと、馬車の前方、馬を繋げるところで立ち止まる。
「ちょっと離れててください」
「え、あ、はい」
少し後退して見ていると、ギャジー翁が何やら白っぽい土の塊を地面に置いた。
『%#@●▽、 $$%##……』
何やらボソボソと低い声で、呟いているギャジー翁。翻訳できるイヤーカフをしてても意味がわからない言葉が紡がれていく。
その呟きに合わせるように、土の塊から白い煙が渦をまくように立ち上がっていく。渦はどんどん太くなり、土の塊が見えなくなった。
――何、何が起きてるの!?
慌てているのは私だけ。
私以外、立ち会っている人達は目をキラキラしながら様子を見ている。これは、こちらでは普通にあることなのだろうか。
『+++@! ***@! %$%#▲$#~!』
ギャジー翁が両手を空に向け、最後まで言い切ったところで、渦がパッと霧散した。
そして、渦の中心にあったところに現われたのは。
「……う、馬?」
私の目に映っているのは、白い馬。村にいる馬よりも体高が高く、足もだいぶ太い。ばんえい競馬に出るような馬、といえばいいだろうか。
しかし……馬、と言っても生き物の馬ではない。どう見ても毛は生えていないし、特別、反応もしない。いわゆる彫刻みたいな感じなのだ。
「いえ、これは馬型のゴーレムですね」
「ご、ごーれむ?」
「ええ」
ニコニコと笑いながら、ぺちぺちとそのゴーレムの体を叩いている。
「この馬車専用の馬型ゴーレムでしてね。これを使えば、休みなく走り続けることができます」
「へぇぇぇぇ」
動力になるのは、なんと風と火の魔石なのだとか。それがゴーレムの首と背中の間についているらしく、付け替えることができるらしい。
今までも馬型のゴーレムを試そうとしたそうなのだけれど、上手くいかなかったらしい。
久しぶりにファンタジーっぽいことに遭遇した私。すっかりキャンピングカーのことを忘れて、馬型のゴーレムに夢中になってしまった。





