第610話 王都の噂話を聞く
辺境伯の嫡男の話から、去年の王太子一行のことを思い出して、ふと、今年はどうなんだろう? と、少し心配になった。
去年はいきなり知らせが来たので、急ぎで村の外に宿舎を建てたけれど、その後は特にメンテナンスはしていない。ちなみにマグノリア一家が一時使ってはいたけれど、彼女たちは今では教会のそばの家に引っ越ししている。
今のところ、キャサリンから連絡はないので今年は大丈夫かな、と思いつつ、万が一、ということもありそうなので、村の外の宿舎のことをもう一度考えておくべきかもしれない。
レディウムスさんは、辺境伯領で仕入れてきた他の街や王都の話までしてくれた。
「最近王都では、王城の近くの貴族街に、巨木が育っているそうです」
「ふーん?」
「それがですね、去年の夏頃、突如として生えたものでして、1年もしないうちに周辺の建物よりも高く育ったそうでして」
「それは、凄いね!」
「ええ。それも、生えてきた場所というのが、侯爵家の元は屋敷だったそうなんです」
「元?」
「はい。屋敷そのものが木に飲み込まれてしまったそうで、今では屋敷の影も形もないのだとか」
「へぇぇ」
たった1年で育つって、何をしたらそうなるんだろう。魔法なのか、とんでも肥料みたいな物を使ったのか。魔法だったとしても、私が魔法を使えないので聞いても意味はないかもしれないけど。
「この話には、もう一つ妙な噂話がありましてね」
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべるレディウムスさん。
「どうも、木が生えた時に屋敷にいた者たちの多くが呪いにかかったっていうんですよ」
「え」
「まだ40代で若々しかった侯爵も侯爵夫人も、老人のようになってしまったとか。早々に領地に引っ込み、家督を長男に継がせたらしいですよ」
「こ、こわ~」
「ああ、それとその家に連なっていた教会関係者も呪いを受けたようで、その者が使っていた部屋は今でも封印されているとか」
「え、教会なのに!?」
「まぁ、あくまで領都で聞いた噂話なんで、どこまでが本当かはわかりませんが……大木のことは本当らしいですねぇ」
チラリとレディウムスさんが目を向けるのは、ふよふよと飛んでいる土の精霊たち。レティシアさんやディアナさんまで、面白そうな顔で見つめている。
まさか。
「……貴方たちが何かしたの?」
思わず問いかけるけれど、コテリと首を傾げる様子に、誤魔化しているようには見えない。
「まぁ、その大木のおかげなのか、夏場はかなり暑くなるという貴族街が、少しばかり涼しくなったらしいですよ」
「……それって、相当、大きい木なんじゃ」
「一度、見に行かれてはどうですか」
フフフと笑うレディウムスさんの言葉に、少しだけ、本当に少しだけ興味がそそられてしまった。
「でも、普通の馬車での移動に1か月くらいかかるんですよね」
「まぁ、そうですねぇ。でも、サツキ様は馬車よりも速い乗り物をお持ちだとか」
「え、まぁ……」
確かに、軽トラと軽自動車とか、あるにはあるけど、この世界の街道を走らせるのは微妙だ。近場を走る分にはいいけれど、そんな長期間走らせたら、ガソリンのほうが持たないだろう。
――魔道具でキャンプカーみたいなの、作れないのかなぁ。
ふと、そんなことを思ってしまったのであった。
* * * * *
土や火、水の精霊たちが荷馬車の上からのぞいている。
『まったく、おしゃべりエルフめ』
『サツキはしらなくてもいいことなのに』
『あいつのかみのけ、もやそうか』
『まぁ、いろいろもってくるヤツなんだし、もうすこし、ようすみで』
『つぎになにかあったら』
『ねー!』
『ねー!』
レディウムスは背筋が一瞬ゾッとして、思わず「ん!?」と声を出していた。
ちなみに、五月が声をかけた土の精霊はまだ若い精霊で、王都での出来事を知りません。
また、養女となっていたエミリアは、なんとか王都にまで辿りつきましたが、すでに家督を継いだ長男から追い出されてしまったそうです。
彼女のその後は……ご想像にお任せします。





