第608話 さくらんぼのジャム作り
元魔王羊のセバスは、すっかりリビングの中に馴染んでいる。というか、だらけまくっている。
「あんたも、マリンみたいに出かけて来ればいいのに」
今日マリンはお出かけしている。なんでもノワールと一緒に狩りに行っている。てっきり、セバスも一緒に行くのかと思ったら、見送るだけ見送って、さっさと猫ベッドで寝てしまった。いつもはマリンと一緒に寝ているので、猫ベッドを占有できなかったけど、今日は堂々と占有していて満足そうだ。
羊が狩りに行く、のは、確かにおかしいけど……元魔王は、狩りしないのか、と思ってしまったり。
そんな私の呟きに、セバスはチラリと片目を開けて私を見た後、いつものように「フンッ」と鼻で笑って目を閉じてしまった。
「……ほんとに自由だわね」
これが元魔王などと思う人はいないだろう。
そして私のほうは、今日はさくらんぼのジャムを作るために、さくらんぼの種取りをしている。
子供たちにお願いして収穫してもらっていたさくらんぼ。お駄賃代わりに分けてあげていたにもかかわらず、『収納』の中のさくらんぼ入りストックバッグがかなりの数になっていたのだ。
『収納』しておけば時間経過はないので、ずっと食べ続けられるといえばそうなのだけれど、このまま来年の春まで持ちそうな量なのだ(遠い目)。
それにこれから他の果物もどんどん生っていく。そろそろブルーベリーや桑の実、梅だって生る予定なのだ。消費するほうが追いつかない。かといって、売り物には出来そうもないから始末が悪いのだ。
――ジャムもいいけど、チェリーパイなんかもいいよねぇ。
艶々に光る真っ赤なさくらんぼ。つまみ食いしながら一つ一つ種と実をわける。さくらんぼだけでお腹いっぱいになりそう。
私は『収納』の中にパイ生地の在庫があったか、考える。パイ生地自体、あまり使わないので、気が向いた時に冷凍のパイ生地を買ってきていたんだけれど。
――パイ生地作る材料だけなら、あるのよね。
小麦粉とバターと水があればパイ生地が作れるのは知っている。その作る工程はうろ覚えなので、レシピ本を見ないとわからない。今の我が家にある数少ない本の一つだ。
ジャムが出来上がったら、パイ生地にも挑戦するのもいいかもしれない。
大きなボウルに山盛りのさくらんぼの実(種なし)が出来上がったので、ここに砂糖を振りかける。これから水分が出るまでしばらく放置。
その間にパイ生地の作り方を調べようと、二階の自分の部屋へと向かおうとした時、玄関のドアがコンコンとノックされた。
ノックをするということはホワイトウルフたちではなく、村から誰かが来たのだろう。
「はーい」
玄関に向かうと、そこには兎獣人のニコラが立っていた。
「あら、こんにちは。ニコラ。どうかした?」
ぺこりと頭を下げたニコラ。大きな耳がプルンと揺れて、ちょっと可愛い。
「は、はい。あのグルターレ商会の方々がいらっしゃって」
「あ、戻ってきたんだ」
「はい。それで、奥様たちが、そろそろ帰られるというので、お知らせに」
すでに大地くんがあちらに戻ってから1か月近く経っているのに、稲荷さんの奥さんたちは村に居続けていたのだ。
その間、色々と村の手伝いをしてくれていたようで、村人たちも助かっていたようだ。
「わかった。今日帰るってわけじゃないよね」
「た、たぶん?」
「うーん、じゃあ、後で村に行くことにするわ。後は何かある?」
「いえ、それだけ伝えてくるようにとハノエさんから言われたんで」
そろそろ臨月になるママ軍団の筆頭のハノエさん。ネドリが村にいない時は彼女が仕切っている。今日はネドリも村を離れているということなんだろう。
ニコラにありがとうと伝えて、お駄賃に牛乳消費のために作ったお手製のキャラメルをいくつか渡して村に戻らせた。
チラリと、スピースピーという鼻音をたてて寝ているセバスに目を向ける。
――このまま、さくらんぼを出して置いたらマズイ気がする。
私はさくらんぼの入ったボウルを『収納』して、出かける準備を始めた。





