第606話 元魔王羊とエイデン
今、私の家のリビングには大きな羊と、マリンがお昼寝をしている。白いもこもこの毛の中に黒いマリンが埋もれている感じ。羊がマリンを抱えている様子に、どっちが親か、と思う。
横たわる羊の大きさは私が横になったのと大差ない、というか、もこもこのせいでもっと大きくすら見える。
イグノス様曰く、この元魔王羊を殺してしまうと、この世界の魔素のバランスが崩れてしまうらしい。血で汚れるだけではなかったようだ。『後でボーナス付けとくから、よろしく頼むよ』とだけ言ってさっさと帰ってしまった。
……彼の言う『ボーナス』がどういったものなのか、今から凄く不安だ。
私とエイデンは、元魔王羊とマリンの長閑な様子を横目に、まったりしながらお茶を飲んでいたりする。お茶請けは稲荷さんお手製煎餅だ。
リビングのテーブルと椅子はドワーフ製なのでしっかりした作りになっている。大柄なエイデンが座っても負けていないけれど、そのせいで部屋の中は若干窮屈になっている。
その上、この大柄な羊の登場で、余計に狭く感じるようだ。
「……まさか羊が卵から生まれるとは思わなかったわ」
ポツリと呟いた私の言葉に、羊が左目だけ開けて、チラッと見てくる。その無表情な目に、うわぁぁ、と声が出てしまう。これが小さな子羊だったら、まだ可愛げがあるだろうに。生まれたてなのに、大人の羊の姿のせいで余計に可愛げがない。
フッ、と鼻息を吹いたかと思ったら、そのまま目を閉じた。
……生意気である。
――毛を剃ってやるか。
普通の羊の場合、もこもこの毛を剃ったら、かなり貧弱な身体が現れるのをテレビで見たことがある。こいつも同じなんじゃ、と頭の中で想像して留飲を下げたつもりだったんだけど。
「五月、やっぱりコイツ、食ってしまおうか」
エイデンはダメみたいだ。
彼の怒りのこもった低い声に、羊はビクッとして両目を開くが、チラリと見るだけで、再び目を閉じようとした。
「ほお。自分の立場というものを弁えてないようだ」
そう言ってエイデンは立ち上がり、横たわっている羊を見下ろした。
彼の背中に、『ゴゴゴーッ』という効果音とともに黒いオーラが滲んでいるように見える。
――どっちが魔王だよ。
内心思ったけど、口にはしない。
「お前がここでのんきに寝ていられるのは、マリンの主である五月がいるからだぞ」
「……メェェェ」
「わかってて、あの態度はなんだっ」
エイデンの威圧に、羊が目をカッと見開いて「メェェ! メェェ!」と鳴きながら立ち上がり……一気に縮んだ。
「え」
マリンと変わりないサイズにまで縮んでしまったのだ。
さすがのマリンも、背中を預けられるサイズじゃなくなって不機嫌そうに起きたかと思ったら、テシテシと前足で元魔王羊を叩いている。
……エイデンの威圧を気にせず寝続けていたマリンも相当だ。
しかし、体のサイズを変えられる羊……元魔王だから可能なのだろうか。
「ふんっ、わかればいいのだ。お前など、ガズゥでも仕留められる」
「え、そうなの?」
思わずエイデンに聞き返すと、先程までの不機嫌そうな顔はどこへやら、満面の笑みで私の隣に座り、嬉しそうにガズゥたちの話をしはじめたのだった。





