第592話 エイデンから温泉に誘われる
エイデンの皿を受け取ると、そのままログハウスの中へと入っていく。
玄関先で立ったままエイデンは話を続ける。
「温泉、行きたくないか?」
「え、何、唐突に」
「うむ、ビャクヤが見つけたと言っててだな」
温泉、というパワーワードに、心が揺れないわけがない。
一応あちら側にも、キャンプ場の最寄りに温泉はあるにはある。所謂、スーパー銭湯的な温泉だ(本当にたまにだけど、あちらに買い出しに行った時に立ち寄ったりすることもある)。
でも、『温泉』と言い切るなら、できるなら露天風呂とか、伝統的な温泉場とかのほうがいいな、と思う。贅沢かもしれないけど。
「ビャクヤが見つけたってことは、そこに温泉宿みたいなのは……ないよねぇ」
「や、宿か。う、うむ、そうだな(確か、人っ子一人いない、岩だらけの場所だったな)」
気にはなる。
でも、私のイメージとして『温泉』って言ったら、お風呂もそうだけど、美味しい食べ物を食べて、のんびりできるところってイメージ。
でも、ビャクヤが見つけてきたってくらいだし、きっと何もないところだろう。恐らく、源泉を見つけたって感じだろうか。
――いわゆる、秘湯か。
食べ物は仕方がないとはいえ、考えようによっては、アリだな。
建物とかは自前でなんとかなるけど、湯舟は……これも『ヒロゲルクン』でなんとかなるだろう。できれば自力で往復できたらいいんだけど。
皿を洗いながら、エイデンに聞く。
「それって、どれくらい遠いのかな」
「お、おう! 俺が運べば2時間くらいかな」
「……けっこう遠いのね」
エイデンは嬉しそうに答えたけれど、予想よりもだいぶ遠い。気軽に温泉に行ってくるって感じの距離じゃない気がする。
「行ってみたい気はするけど……今すぐじゃないよね? 今はほら、大地くんが来たばっかりだし、それにハノエさんたちの出産もそろそろじゃない?」
「あ、う、うーん」
「それに、『魔王の卵』も心配だし」
暖炉の前の猫ベッドでは『魔王の卵』を抱えて毛繕いしているマリン。
肝心の『魔王の卵』がいつ孵るのか予想がつかないので、正直あまり家から長期間は離れたくはない。
「う、うむ。だったらハノエたちの赤ん坊が生まれた後ならどうだ」
「いや、うーん」
「マリンも『魔王の卵』も一緒に連れて行けばよかろう?」
『なーに? 私がどうしたって?』
「マリン、温泉って知ってる?」
『おんせん?』
「そう、地面から湧きだす熱いお湯のこと」
『へー、そんなのがあるんだ』
「それでお風呂に入るのよ」
お風呂と聞いて、マリンがちょっとだけ嫌そうな顔をした。彼女は、あんまりお風呂は好きではないのだ。
『お風呂だったら、いいわ。私はお留守番してる。この子のこともあるしね』
ぺろぺろと卵を舐めている。
すっかりパールのような虹色の艶さえ出てきている『魔王の卵』。すでに『魔王』ではなく『天使』の卵みたいになっている。
「マ、マリン!」
「エイデン、悪いけど、この卵が孵るまでは、温泉はお預けかな」
「む、わ、わかった。でも、温泉には行くんだろ?」
「そうねぇ。行ってみたいとは思ってるかな」
「よし! 約束だぞ。絶対、行くからな」
「う、うん」
エイデンの気合の入った言葉に圧されて、頷いてしまったのであった。
* * * * *
エイデンはログハウスの敷地からの去り際、鋭い眼差しでログハウスの中の『魔王の卵』に向かって念じた。
「(おい、『魔王の卵』、さっさと出てこい。出てこないと、マリンから取り上げて食ってしまうぞ)」
その言葉が届いたのか、マリンの腕の中の卵がぶるりと震えた。
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大人げないエイデンですみません。<(_ _)>
活動報告更新しています。
『山、買いました』キャラデザ紹介(2)
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ご覧になってみてください (^^)/





