第587話 美女二人、稲荷さんに叱られる
無表情に稲荷さんが腕を組んで見下ろしている前には、額を真っ赤にして地べたに正座させられている美女二人。稲荷さんの奥さんのレィティアさんと、娘のディアナさん。
二人とも、美しい刺繍をほどこされたオフホワイトのローブを羽織り、シルバーブロンドの長い髪を一つにしている姿は、親子というよりも姉妹に見える。
この美女が稲荷さんの嫁かぁ、と思うと、なんかズルくない? と思ってしまうのは私だけだろうか。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい」
弱々しく謝る二人に、呆れたように深いため息をついた稲荷さん。
「アースの学校の休みはまだなんですよ。こんな早くに来て、村に迷惑をかけるなんて。それに事前の連絡もなかったっていうじゃないですか」
「……」
「私のほうは、まだいいですよ。私のほうはね」
「……」
「貴女たちが村に迷惑をかけたなんて、アースが知ったら、どう思うでしょうね?」
その言葉に、サーッと血の気がひいていく二人の美女……よっぽど大地くんが怖いのだろうか。
稲荷さんが、私たちのほうへと深々と頭を下げた。
「本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あー、はい」
とりあえず、謝罪を受け入れるだけ受け入れると、さっさと椅子に座ってもらう。さすがに正座させたままというのは、私のほうも居心地が悪い。
私と稲荷さんも同じテーブルにつくと、エルフのメイドさんがハーブティーを目の前に出してくれた。(ちなみに先程まで相手をしてくれていたネドリはすでに村に戻っている)
「まったく、こんなに早く着くなんて、どれだけ皆に無理をさせたんですか……レディウムスさんも、二人の我儘を聞かないでくださいよ」
「……姫様の言葉を聞かないなどと、難しいことをおっしゃらないでください」
苦笑いしながら答えるレディウムスさん。
――うん? 姫様?
彼の言葉が引っかかり、チラッと稲荷さんに目を向けるけど、胡散臭い笑みを浮かべるだけで、その場では説明するつもりはないらしい。
「村のことはネドリから話を聞いてますかね?」
一応、村の中にはグルターレ商会が来た時に使う家はあるものの、女性が一緒に泊まれるような家ではない。
ネドリの屋敷も今は妊婦のハノエさんがいるし、モリーナたちの家もそれほど大きくはないし、たぶん、稲荷さん家族を泊めてなんて言ったら、卒倒しそうだ。
結局、去年の夏にキャサリンたちが来た時に村の外に建てた家を利用してもらうことにした。
村の中を見て見たかったのか、娘のディアナさんが残念そうな顔をしている。はっきりいって、なーんもない田舎の村なのに、何か期待していたんだろうか。
「大地くんが来たら、中に入っていただいても構いませんけど、それまではあちらでお待ちになってください」
「わかりましたわ……あなた、あなたもしばらく」
「いえ、私は仕事があるんで戻りますよ」
「えぇぇぇ」
「えぇぇぇ、じゃないです。今だって若い部下に任せて出てきたんですよ? まったく……これ以上、望月様にご迷惑をおかけしないでください(下手をすると、イグノス様が出てきますよ?)」
「!?」
甘えてきた奥さんに、最後にボソッと何か伝えた稲荷さん。途端に奥さんの顔色が真っ白になった。
「さてと、戻りますか。ああ、レディウムスさん。ついでに商売をしていくつもりなんでしょう? こちらにご迷惑をおかけしてるんです。そこのところ、ちゃんと考えて商売してくださいね」
「……はい」
顔を引きつらせたレディウムスさんが、返事をしていた。
……ご愁傷様。





