第586話 稲荷さんも怒るんです
かなりお疲れ気味の稲荷さんではあったものの、さすがに奥さんたちのことを放置というわけにもいかないからと、一緒に村に行ってもらうことになった。
徐々にお客さんが増えてきているみたいで、受付の方がバタついているのを見ると、申し訳ない気にもなる。
「オ、オーナー……」
「すぐ、戻る、すぐ戻るから」
そう答えてた稲荷さんだったけど、スタッフの足立さんは泣きそうな顔になってた。
――稲荷さん、信用ないんだな……。
そんな足立さんの背後にいたおばあさんが、彼の肩を叩いて慰めてたから大丈夫……だと思う。
トンネルを抜け、ログハウスの敷地も抜け、そのまま桜並木の道を軽自動車で下っていく。
いつもなら軽自動車からスーパーカブに乗り換えて村の裏から入るけど、今日はそんな時間も勿体ない。それに後ろには稲荷さんの軽トラが続いているのだ。
ちなみに、そちらの軽トラには樽酒が3つほど載っている。村への迷惑料ってことなのかもしれないけど、キャンプ場に置いてあったの? とちょっとばかり不思議に思う。
山道を下りきったところで門を開けて、牛乳を運ぶ荷車用に作った道に入っていく。車だとすぐだ。ぐるりと村を囲む石塀が見えてくる。
荷車用の道は、南側の畑用の出入り口の門に繋がっているので、そこに向かうことにする。
車のエンジン音が聞こえたのか、南側の出入り口から顔を覗かせる獣人が数人、皆驚いた顔をしている。その中にはオクタさん(オババの甥)もいたので、近くまでいってから車を停めて、ぺこりと頭を下げた。
「ネドリは?」
車の窓を開けて声をかける。
「今、エルフの人達の相手してますよ」
「ありがと!」
私は軽自動車から降りると、後ろについてきていた稲荷さんに声をかけた。
「稲荷さん、ここから村に入ります。車、どうします?」
軽トラから降りてきた稲荷さんの手には私のと同じタブレット。
「当然、『収納』しておきますよねぇ」
「はい」
ニッコリ笑う稲荷さんに、私も笑みを返す。
ほぼ同時に軽自動車と軽トラが消えたのを見て、獣人たちは「おお~」という歓声があがる。何度か私の『収納』を見てるとは思うんだけど、やっぱり、不思議な感じなんだろう。
私たちは村の中に入ると足早にまっすぐ正面の門へと向かう。
獣人の門番に門を開けてもらい、私と稲荷さんが外に出ると、そこには大きな馬車が三台(前に王太子一行が来た時に見たような豪華なのが一台と、普通の幌馬車のようなのが二台)並んでいた。
そして、道端で美しいエルフの女性が二人、華奢な白いテーブルを挟んでネドリとお茶をしていた。
売店と教会に挟まれた道で、である。違和感しかない。
「レイティア!」
私の後から来たはずの稲荷さんが、大きな声で奥さんの名前を呼びながら駆け寄っていく。
「あなた!」
ガタリと椅子から立ち上がった笑顔の美女。彼女が稲荷さんの奥さんなのか、と思ったら、なんかズルいと思ってしまった。
ここでお互いに抱きしめあったら、ドラマチックなのかもしれないけれど、ただのおっさんの稲荷さんじゃ、絵面が残念かも、なーんて思ってたら。
バチコーンッ
「痛ーいっ!」
稲荷さん、 抱きしめることなく、思い切り奥さんの額にデコピンをくらわせてた。
「なーに、勝手に家を出てるんだよっ!」
……稲荷さん、実はけっこう怒ってたっぽい、です。





