第583話 グルターレ商会 レディウムス
スーパーカブでニコラを追いかける。しかし、一度も彼女に追いつくことなく(背中すら見えなかった)、村に着いてしまった。兎獣人、恐るべし。
村の裏門のそばにスーパーカブを止めて村の中に入ってみると、村の表の出入り口の門周辺に人だかりが出来ている。
相手がグルターレ商会だとわかっているということは、誰かが村の結界の中まで入っているということだ。私も会ったことがある人だということだろう。
私に気付いた村人たちが、サーッと私の通らせるために道を開けてくれる。ニコラもその集団の中にいて、孤児院の女の子たちと仲良さそうに話している。
どうも、どうもと頭を下げながら門までたどりついてみれば、ネドリと話しているエルフの姿が見えた。
なんか見覚えがあるな、と思ったらカスティロスさんのお祖父さん……名前は……。
「サツキ様、ご無沙汰しております。 レディウムスでございます」
ネドリとの会話を止めて、にこりと笑みを浮かべ深々と頭を下げる、レディウムスさん。
――こんなに腰の低い人だったっけ?
最初の印象があまりよくなかったので、思わず顔が強張る。
「ど、どうも。お久しぶりです」
挨拶をしながら周囲を見るけれど、そこにいるのはレディウムスさんだけで、他のグルターレ商会のメンバーの姿は見られない。馬車の姿もない。
「えーと、商会の方が入れないって話だったんで来たんですけど……」
「ああ、そうなのです。私しか村の中に入れなくて。馬車は門の外に停めてあります」
「なるほど……でも、つい先日もカスティロスさんがいらしてましたけど」
「ええ、ええ。そうですよね。実は今回は、商売というわけではなく……」
困ったような顔で答えようとした時。
『レディウムス~、まだ~?』
若い女性の暢気な声が門の向こう側から聞こえた。
「……はぁ」
名前を呼ばれた本人は、額に片手を当てながら、心底参ったという感じで深~いため息をつく。なんだか、一気に老けたような感じになった気がする。
『レディウムス~?』
今度は別の若い女性の少し不機嫌そうな声。前の女性よりも、もう少し若そうだ。
それにしても、レディウムスさんを困らせる相手って誰だろう。なんか、それだけでちょっと怖い。
「サツキ様、申し訳ございません。えー、レイティア様とディアナ様を、村の中に入れてはいただけませんでしょうか」
「……うん?」
名前を聞いてもピンとこないので、首をかしげる。
「あー、えーとアース様のお母様と姉君です」
「……アース、アース……ああ! 大地くん! って、え?」
まさかの稲荷さんとこの奥さんと娘さんだった。
そして思い出す。
ゴールデンウィークは村にまた来ると言っていた大地くん。
家に戻るのをめんどくさがっていた大地くん。
――そういや、あちらはもうすぐゴールデンウィークだったっけ。
そして、もう一つ思い出したのは。
『母さんが、母さんが、家出しちゃうからっ!』
大地くんに縋りついて叫んでいた、残念な稲荷さんの姿だった。





