<ガンズ>(2)
冒険者ギルドの中は、多くの冒険者の魔物の買い取りのせいでかなり騒然としていた。大物を手に入れたパーティなどは、手にした金額に歓声を上げている。
「あそこの窓口はすぐに空きそうだな」
三カ所ある受付窓口のうち、中年男性の窓口のところは残り二人となっていた。ガンズの言葉にランドは頷き、ニコラと一緒に並びに行った。
ガンズたちはギルド内にある食堂のほうで二人を待つことにした。食堂の中ではあちこちで冒険者たちが祝杯をあげていた。
それぞれに何を狩ったのか、どっちが量が多いか、と大きな声で話している。
「……サツキ様の話だと、ビャクヤ様がゲレベロウスの亜種を狩ったって言ってたわね」
「ああ、あのデカい熊な」
「そうそう。あれ見ちゃうと、あいつらの獲物なんて霞んじまうよ」
ネシアたちの話を聞きながら、ガンズは周囲を見渡す。
偶々なのかもしれないが、冒険者は大柄な獣人ばかりで人族の姿は見当たらない。何度かケセラノの街のギルドを利用してきたが、改めて人族の姿が少ないことに気付く。
この中でランドのような子供がやっていくのは厳しいだろうと、顔をしかめながら見ていると。
「ニコラ! お前、どこにいたんだよっ!」
騒々しいギルドの中で、野太い男の荒々しい声が聞こえた。
「……」
「は? 馬鹿じゃねーの。そんなチビの相手なんかしてっから、稼ぎ時を逃すんだよっ」
「……!」
「てめえの分はねぇからな。ほら、さっさと行くぞ」
「……!」
「そんなの、勝手にやらせろ」
「!」
ニコラが男に反論しているようだが、彼女の声は冒険者たちの騒めきにかき消されてしまって、ガンズのところまで聞こえてこない。
「あれ、『脳筋』の声じゃない?」
「どうする」
「……サツキ様からは、孤児院まで送るように言われてる」
「フフフ、そうよね」
ガンズの憮然とした言い方に、残りのメンバーは嬉しそうな顔になり、食堂の席をたつ。
フロアの方へ行くと、虎獣人の男に手首を捕まれ、連れ出されているニコラの姿が見えた。強く握られているのか、ニコラの顔が痛そうな顔で歪んでいる。
「おい、手を放せ」
ガンズの鋭い声に、虎獣人の若者がジロリと睨んだ。
「なんだお前。関係ないだろ」
「俺たちが、彼女を街まで連れてきたんだが」
「は?」
虎獣人はニコラの顔を見ると、ニコラはうんうんと頷いている。
「だから何?」
そう答えたのは、虎獣人の後ろにいた狐獣人の男。
「礼でもしろって? こいつもいっぱしの冒険者だ。余計なお世話ってもんだろ」
「ロックさんっ」
ニコラが真っ青な顔で、狐獣人の名を呼ぶ。
「ハッ、ただでさえ使えないってのに、何、よその冒険者に借り作ってんだよ」
猿獣人の男に小突かれたニコラは、顔色がどんどん悪くなっていく。
そんな中、一番後ろに隠れるように立っていた犬獣人が、ガンズの顔を見て真っ青になる。
「ナ、ナインっ」
「あ?」
「ヤバいって」
「何がだよ」
「あ、あの人、Bランクのガンズさんだ」
「……は?」
「だからっ、Bランクパーティの『迅雷』のっ」
「じ、『迅雷』!?」
犬獣人が言っている『迅雷』とは、ボドルがリーダーだったパーティ名『疾風迅雷』のことであり、兄二人が村に残ることになったので、今は末の妹のネシアがリーダーになっている。
ケセラノの街以外での活動が多いのと、ボドルたちのほうが目立っていたのでガンズのことを知っている者は多くなかった。
「で。ニコラは使えないんだっけ?」
ガンズの後ろから、目の据わったネシアが出てきた。さすがボドルの妹、威圧感が違う。
「いらないんだったら、うちで貰ってくよ~」
ネシアの後ろから暢気な声でそう言ったのはアレシュ。
いつの間にか周りの冒険者たちの喧噪はおさまり、皆が成り行きを見守っている。
「い、いらないなんて」
「ん~、でも『使えない』って言ったよねえ……あ、ランド、終わった?」
アレシュがにっこり笑って、おどおどしていたランドにおいでおいでと手をふる。ランドはそそくさと彼らのほうへと走っていく。
「ニコラ、どうする」
ガンズは厳しい顔を虎獣人に向けながら、ニコラに問いかける。
「お前が望むなら、サツキ様は受け入れて下さるだろう」
「サツキ様……」
「ランド、お前もどうする。マークたち以外にも、同い年くらいの者たちもいる」
「えっ」
まさかガンズが自分にも声をかけるとは思っていなかったランド。目を見開きながらアレシュを見上げると、アレシュがニカッと笑う。
「……行くっ」
「ランド……」
ニコラは一瞬迷ったけれど、虎獣人につかまれていた手を振りほどき、ガンズたちのほうへ駆け寄る。
「ニコラッ」
「お前、後悔するぞ」
「……ナイン、ロック、ダメだよ」
粋がる二人を犬獣人がつかみ、猿獣人は忌々しそうな顔をしながら睨みつけているが、ガンズたちは相手にしない。
「あ、受付のおじさ~ん、ニコラは『地獄の番犬』から抜けたから、処理、よろしくね~」
静かになっていたギルドのフロアに、ネシアの楽し気な声が響いた。





