<ビャクヤ>
ビャクヤと三つ子、その配下たちは、北にある五月の山から少し離れた、獣王国と帝国の間にある岩だらけの荒れた山を走っている。
『この辺は変な魔物が多いね』
『固い殻のあるヤツばっか』
『蛇もなんで、あんなに固いの?』
『岩がゴロゴロ』
『それに、変な匂い』
三つ子たちの愚痴は続く。
風にのって漂うのは硫黄のニオイ。ホワイトウルフたちにとっては、異臭でしかない。
今回の遠出は、『温泉』を探しにやってきたのだ。キッカケは五月と土の精霊王との酒の場での会話だ。
「この辺りには温泉ってないんですか?」
『お前の土地の中には、火の山はないな』
「そうなんですね。あるとしたら?」
『そうだなぁ……最近、北の方の火の山に復活の兆しがある。あの辺りであれば、あるかもしれなんな。水の、お前らは知らんか』
『……わしは、この山周辺しか知りませんでな』
「そうなんですねぇ」
残念そうに言っていた五月の様子に、ビャクヤは『温泉』を探しに行こうと思い立ったのだ。
『火の山の近くのせいだろう……おかげで、すぐに「温泉」を見つけられたがな』
場所も五月の山からなら、エイデンにでも運んでもらえばすぐに着く距離だった。
しかし、近くに人の住む村があるわけではないし、ぐつぐつと煮えたぎる様子にかなりの高温の湯に見えたし、当然人は入れないだろう。
周囲の魔物も、山や森にいるようなタイプとは違い、人族などの冒険者程度では、少々厄介ではある。厄介と言っても、ビャクヤたちにしてみれば大したことはない。
それでも、五月が望む『温泉』だ。
エイデンにでも伝えれば、彼が何かしら考えるかもしれない。
そんなことを思っているうちに、獣王国の魔の森の北側の入り口まで戻ってきていた。
『……何やら、嫌な空気だな』
森全体のピリピリとした雰囲気に、ホワイトウルフたちの足が止まる。
『父様』
『……魔物たちの気がたっている。あっちの方だね』
不安そうなシンジュ。いつもは自由なムクが、顔を引き締めて森の中央を睨む。
『それも量が多い。五月様の山も近い……少し様子を見ていくか。お前たちは、山のほうへ向かえ。残りは、私と共に来い』
半数を五月の山へと向かわせると、ビャクヤたちは魔の森の中へと向かっていく。
ビャクヤほどのホワイトウルフになれば、本来ならオークですら逃げるくらいだが、今の魔の森の異様な空気では何が起こるかわからない。
ホワイトウルフたちが、白い弾丸のようにまとまって進んでいく。
『止まれ!』
ビャクヤは押し殺したような声をあげる。
魔物……それも大型の魔物たちがある一点から溢れだしているのを察知した。この魔の森にはダンジョンはなかったはずだった。
「痛っ!」
「うわっ」
微かに子供の声が聞こえたビャクヤは、ゆっくりとそちらのほうへ向かう。
グガァァァァァァ!
ウオォォォォ
「……くそっ、ファーロンの野郎、下手くそがっ!」
「ボーン! 急げっ……ぐわっ!」
「ロディ!」
人族の叫び声に、彼らが何かをしでかしたことだけは予想がついた。
魔物たちの荒れた気配に、苛立ちながらも草をかき分け出ていくと、兎獣人の少女と人族の少年がうずくまっている。
『……魔の森の様子が気になって来てみれば』
このまま、子供を放置するわけにもいかず、ビャクヤは三つ子に子供らを任せることにする。
『残りは、魔物を狩りながら追いかけるぞ』
『ハッ!』
ビャクヤたちは魔物たちの塊のほうへと駆けていく。
……魔物が殲滅されるまで、あと少し。





