第563話 出産は大仕事
ログハウスに戻り、小さなおにぎりと豚汁を作ってきた。大量にラップで包んだおにぎりを作ったものだから、ラップのストックはもう空っぽだ。
村に戻ってみたけれど、まだ赤ちゃんは生まれていなかった。思った以上に出産に時間がかかっているようだ。
ウロウロしていたボドルとコントルは、今は家の玄関の前で……正座している。何をやらかしたんだ。
私は『収納』から折りたたみのテーブル(ドワーフ製)を取り出して、そこにおにぎりののった皿を並べていく。私一人で作るのにも限界があるので、あまり多くはない。
その代わりに、豚汁の入った大きな寸胴をテーブルに載せる。出来立てを『収納』にしまったので、熱々だ。
本当は頑張っているおばさんたちにと思って作ったんだけれど、なぜか待っているだけのおじさんたちが手にしていく。あんたらが食うなよ、とツッコミたいところだけれど、なんとなく、その場の空気で言いにくい。
ボドルとコントルは沈痛な顔で地面を睨みつけている。
なんとなく声をかけづらかったのだけど、そっとおにぎりを差し出してみた。しかし、二人とも、無言で首を振って断られてしまった。
『ああっ!』
ボドルの家の中から、女性の悲痛な声があがる。
「リリスッ! うわっ!?」
ボドルがいきなり立ち上がろうとして……こけた。足が痺れたんだろう。コントルも同じように立ち上がろうとして、彼のほうはそもそも立ち上がれなかった。
それにしても、祈るようにして待ち構えている村人たちの多いこと。
畑に行ってはすぐに戻ってくるのを繰り返している者や、いつもはダンジョンや狩りに行ってる者たちまで、ボドルたちのそばで赤ん坊が生まれるのを待っている。
その中にはネドリもいて、かなり厳しい表情をしている。
「ネドリ」
「あ、ああ、サツキ様」
「なんか、皆、落ち着かないみたいだね」
「ええ……リリスもケイトも初産ですからね」
あちらでも初産は大変というのは聞いたことがあるけれど、こんなに皆が不安に感じるほどではないと思ったのだけれど、ふと、こっちは、医療がそんなに発達してなかったことを思い出した。
なにせ、薬となるのがオババお手製の薬がメインなのだ。グルターレ商会でも売りにきているけれど、オババ以上の性能のいい薬はないらしい。
自分自身、使ったこともないので、どこまで効くものなのかもわからないけど。
そんな世界での出産となったら、生死をかけたものになるのは当然だ。
「……実はハノエは、最初の子は死産だったんですよ」
「えっ」
ガズゥには、生まれてすぐに亡くなった兄がいたのを、初めて知った。
「狼獣人の特性なのか、初産で母と子、あるいはどちらかが亡くなるというのは、よくあることなんで」
なるほど。だから、皆が不安に感じて集まってきていたのか、と納得した。
「でも、きっと、サツキ様がいらっしゃるから大丈夫ですよ」
「いやいやいや、私がいたからどうというわけじゃ」
慌てて否定していると。
オギャー、オギャー、オギャー!
「う、生まれたっ!」
ボドルが喜びの声をあげて立ち上がろうとして……やっぱりこけた。
赤ん坊の泣き声のおかげで空気が緩んだせいか、笑い声があがる。
しばらくして、ボドルの家のドアが開いて、村人のおばさんの一人が、ボドルを中に入るように促すと、おじさんたちに抱えられながら、中へと入っていくボドル。
一方のコントルのほうは、まだ不安そうな顔で手を握りしめている。
「っ!?」
突然、コントルは目を見開き、家のほうへと目を向ける。コントルのそばにいた数人の獣人たちも同様だ。私には聞こえない何かが、彼らには聞こえたようだ。
少しするとドアがゆっくりと開いた。どうも、ケイトのほうはオババが面倒を見ていたようだ。
「コントル、中に入りな」
「オ、オババ」
「……」
渋い顔をしていたオババだったけれど、ニヤリと笑った。それはまるで悪戯成功、と言わんばかりの笑顔だ。
「大丈夫だよ。ほら、早いとこ中におはいり」
「は、はいっ……あ痛っ!」
コントルも足が痺れて立てなくて、他の獣人たちに抱えられて中に入っていく。
「オババさん、お疲れ様」
私はおにぎりを差し出す。
「ああ、サツキ様、ありがとうございます」
「いえいえ。ところで、ケイトは大丈夫だったの?」
「ああ、はい。ちょっと泣き声が弱かったのが心配でしたがね。なんとか生まれた子も無事です」
――ああ、良かった。
今年最初の出産が無事に済んで、ホッとした私であった。
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