第562話 精霊たち、大騒ぎ
突然、ローの周りにいた精霊たちが一気に飛び出していった。
あまりに急だったので、一瞬呆気にとられたけれど。
――生まれるって言ってなかった?
私は慌てて寺子屋から出ると、向かったのはネドリの家。
この時期に子供が生まれるとしたら、ボドルとリリスのところか、コントルとケイトのところなのだ。
そして、ボドル夫妻の家とコントル夫妻の家は、ネドリの家を真ん中に挟んで建っている。
「おお~、集まってる、集まってる」
両家のドアの前に人が集まっていて、中でも、ボドルとコントルが、それぞれの家の前でウロウロと歩き回っている。
まさに兄弟。両手を組みながら落ち着かない様子で歩いている姿はそっくりで、状況が状況でなければ、皆で笑うところだろう。
よく出産を待っている間の旦那さんが熊のようにウロウロしている、という、アレそのものだ。
「もしかして、両方とも産気づいたの?」
双方の家の周りに集まっているのは男性ばかり。女性たちはそれぞれ家の中で、出産の手伝いをしているのかもしれない。
この村で産婆といえばオババだそうで、一気に二組の出産に立ち会うとなると、大変そうだ。ママ軍団の姿は見えないけれど、彼女たちも妊婦ながらに、一緒に中で手伝っているに違いない。
「邪魔だよ、どきな」
獣人のおばさんたちが、男たちを押しやって、家を出入りしている。その迫力に、完全に負けている獣人の男ども。
――あの中に私も入って手伝えればいいんだろうけど……邪魔でしかないよね。
テレビで見たことはあっても、そもそも動物の出産にすら立ち会ったことがないのだ。
しかし、出産といえば長丁場が定番。私にできることといえば、おばさんたちのために食事の準備くらいだろうか。
――家に戻って、おにぎりでも用意してこよう。
しかし、私はその場を離れようとした時に、獣人の男ども以上に集まっているのが、精霊たちの存在に気付いてしまった。
――なんで、あんたたちが、こんなに集まってるのよ。
『おーい、ここだ、ここだ』
『お、あかんぼうがうまれるのはここか』
『このとちでは、はじめてだな』
『きゃははは』
『はやく、でてこーい』
むしろ、あちこちから飛んでくる精霊たちを呼び集めているようで、両方の家の屋根の上では、とんでもない数の精霊たちがカラフルに光輝きながら飛び交っている。
騒々しいことこの上ない。
『さぁ、さぁ、さぁ。どのせいれいのかごになるかな』
『ふふふ、みずのじーさんがはりきってたぞ?』
『なにをいう、ひかりのあねさんがわくわくしてたじゃねーか』
……なんか、物騒な会話をしている気がするのだが、気のせいだろうか。
『ほお、これはこれは。ずいぶんと賑やかだねぇ』
「へっ!?」
その上、なぜか土の精霊王までやってきた。さりげなく私の隣に立っててびっくり。
見慣れた小さな精霊のサイズとは違い、精霊王は人と変わりない大きさ。私でも見上げるような背の高さ。エイデンほどではないにせよ、170cm後半くらいはありそうだ。
よく見かける土の精霊たちはぽっちゃりタイプが多いのに、すらりとしている。緩いウェーブがかった緑の長い髪に、月桂樹の冠みたいなのをかぶり、神話に出てきそうな白いローブを着ている。
ザ・精霊王、って感じだ。
『ほお、新しき命か。どれどれ、私の加護を授けて……』
『ちょーっと待ったぁぁぁ!』
『そうですわっ!』
聞いたことのない声が飛び込んできた。
『精霊王様、あなたさまのいとし子でしたら、あちらにいらっしゃるでしょうに』
『そうですわ! 我々、この地に住まう精霊の加護を与えさせてくださいませ』
姿かたちから、水の精霊と光の精霊なのはわかるが、どちらもいつも見かける精霊たちよりも、一回り身体が大きく見える。
あーだこーだと揉めている様子を放っておいて、私はログハウスに向かうことにした。
とにかく、精霊たちが大騒ぎするくらい、これから生まれてくる子供たちは期待されているってことなんだろうけれど……どんな子が生まれてくるのか。
今から、少しだけ……不安である。





