第533話 桜の苗木、再び
帝国の瘴気の跡地は、今では完全に私の土地になっている。
ただ、場所が獣王国の土地よりも遠すぎるので、手入れに行くのも大変だし、何かに使う予定もないので放置状態だ。
そして桜の木はそのまま残してある。
イグノス様曰く、あの土地自体が、『瘴気』を溜めやすい場所だったのだそうだ。
ユグドラシルがあれば十分なのでは? と思ったけれど、ユグドラシル周辺だけに『瘴気』がなくなるだけで、ユグドラシルの影響から離れた場所で発生したり、他の場所に流れていってそこが溜まり場になる可能性があるのだとか。
偶々、ちょうど『瘴気』が発生しやすい場所を桜の木で囲むことができていたそうで、結果オーライだった。
しかし、そうなると今年の花見をどうしようか、となるわけだ。
「お手伝いありがとうね」
今私は孤児院の女の子たちと一緒に、温室で桜の枝の挿し木を作りまくっている。
去年の桜が咲き終わった、夏の初めごろに村にやってきた孤児たち。桜並木やサクランボの話をガズゥたちから聞いていたせいか、今年の花見を楽しみにしていたようだ。
「いえいえ」
「このえだが、おおきなきになるの?」
「そうよ」
私が手にしている枝は、昨日野菜を持ってきてくれたガズゥにお願いして、ログハウスの敷地の桜の木から数本、切ってもらったものだ。
そのガズゥは、今日は大人たちと一緒にエイデンの山のダンジョンに行っている。
「サツキ様、これで足りますか?」
温室の入り口から声をかけてきたのは孤児院の年長組のマークとケイン。
彼らはドワーフの家周辺の桜の木から切ってきてくれたようで、枝の束を差し出している。
「うわ、すごいたくさん。ありがとう」
私たちは枝を受け取ると、黙々と黒いポッドに土をいれては桜の枝を挿していく。
「よし、あとはお水をあげなくちゃ」
『みずなら、わたしたちがあげるわよ』
『そうよ、そうよ』
「ありがとう。でも、あの子たちのお仕事をとらないであげて」
水の精霊たちが張り切って言いだしたけれど、孤児院の女の子たちがすでに如雨露を持っていたのだ。
それに気付いた精霊たちもしぶしぶ力を止めてくれた。
「はやくおおきくなってねー」
『そだてるのなら、まかせろー』
水をあげている女の子たちの声に、今度は土の精霊たちが張り切りだす。
そのおかげで……。
「うわー、はっぱがでてきた!」
「すごい、すごい!」
「のびてる、のびてる!」
挿したばかりの枝なのに、葉は出るわ、枝が伸びていくわ……やりすぎじゃない!?
「ほ、ほどほどでいいのよー」
そう声をかけたけれど、どうも子供たちの反応に気を良くし過ぎて、聞こえないらしい。
「根で黒ポッドが破けちゃうから、やめてー!」
私が叫ぶことで、なんとか成長が止まった。
すでに私の腰くらいまで育っている桜の苗木に、さすがに子供たちも声がない模様。
「あはは……はぁ……これは、明日にでも植えようかな」
私の言葉に、子供たちはコクコクと頷くだけだった。





