第528話 ある意味、モリーナ最強説
「ひどいですー!」
モリーナが猛ダッシュで走ってきた。
「……もう瘴気はなくなってたんだから、問題ないだろう」
「いや、でもぉ」
「それよりも、五月、なんかいいニオイがするのだが」
カレーの鍋も米を炊いた土鍋も『収納』にしまってあるのに、残り香に反応するエイデン。
「う、うん、一応カレーをね」
「おお!」
目輝かせるエイデンに負けて、私はさっさと食事の準備をする。
エイデンに置いていかれて拗ねていたモリーナも、カレーのニオイには負けたらしく、いそいそと私の手伝いをしてくれた。
「はー、やっぱり、五月のカレーは旨いっ!」
「美味しいですぅ~」
「……うまいぃぃぃぃ」
三者三様ではあるものの、皆、美味しいと言ってくれた。
自分では、どこの家でも作るような普通のカレーのつもりでも、ほとんど食べる機会がない彼らにしてみれば美味しく感じるものなのだろう。
「それよりも、中のほうはどうなったの」
「ん? (もぐもぐ)」
「ほら、『瘴気』を発生させてた原因よ」
「んぐ。ああ、それのことか」
エイデンは皿に残っていたカレーをかきこみ、水の精霊がいれてくれた冷たい水で飲み込む。
「あー、結論からいえば、ちゃんと破壊してきた。だから、ほら」
「え、あんなにあった『瘴気』がない」
先程まで真っ黒な靄で先がまったく見えなかったのに、今は靄も晴れて、たくさんの燃えた木々が倒れた真っ黒な焼け野原になっている。
中央のあたりが少し盛り上がっているように見えるのは、岩?
「瘴気が出てたのは、中央にあった建物からだった」
「え、こんな森の奥に?」
「ああ。まぁ、あそこまで濃い瘴気の中で生きている者などはいなかったがな」
「そうですよぉ、サツキ様。私もまさか、瘴気の中にスケルトンとかグールとかいるとは思いませんでしたわ」
「え」
なんでも『瘴気』の中央に行くほどにアンデッド系の魔物が現れ始めたのだとか。
アンデッドって、幽霊とかゾンビとか、そういう系のことか。
映画やドラマで見ることはあっても、こっちのグロテスクな魔物を見たことがないので、想像がつかない。
「私はエイデン様の結界の中にいたんで問題はなかったんですけど。エイデン様が腕を振るたびに消されていくのは見事としか言えません~。ただ、そのたびに甲高い悲鳴あげるからうるさい、うるさい」
「……全然、戦っているような音なんて聞こえなかったんですけど」
「そりゃぁ、エイデン様が遮音の……」
「モリーナ、黙れ」
「ひっ、は、はひっ」
エイデンの低い一声で、固まるモリーナ。
「そ、それにしても、アンデッド系の魔物って、こんな森の中にいたりするの?」
「アンデッド系の魔物は、ダンジョンで自然発生的に生まれるのが一般的だ。しかし、森や洞窟などの奥地で死んだ者が、ちゃんと埋葬されずに瘴気に飲み込まれると、アンデッドになることもある。しかし、ここのは、数が多すぎた」
エイデンの言葉に嫌な予感がする。
「魔物を振り払いながら進んで行くと、石壁で囲われた小さな城跡にたどりついたんだ」
「お城? こんな深い森の中に?」
「ああ。その城の中庭から延々と濃い『瘴気』が吹き出すようにあふれていたのが見えた」
そこでエイデンが言葉を止めるから、思わず、ゴクリと唾をのみこむ。
「もう、最低ですよねー。あんなとこに魔法陣描いて、『瘴気』を溢れさせるとか」
しかしモリーナの能天気な声で、一気に気が抜けた雰囲気になってしまった。
「私、思うんですけど、あそこ、絶対、悪い奴のアジトだったに違いありません!」
スプーンを振り回しながら、断言するモリーナ。
――そうだねぇー(棒読み)
エイデンの冷たい視線に気付きもしないで、カレー旨い、と食べ続けるモリーナに、ある意味、尊敬の念を抱いた私であった。





