第524話 桜の木を植えよう
さすがに、エイデンの『蒼炎』の影響で赤黒く焦げてひび割れた土に、直に植える気にはならない。
私はタブレットを取り出すと、まずは1本目を植えるために、エイデンの立っているそばに、植える範囲(だいたい直径10メートルくらい)で、ノワールに穴を掘ってもらう。指先でちょいちょいっと掘れるのだからさすがだ。
「まずは、ここが最初ね」
そこに桜の木を置くと、ノワールとともに土を被せる(メインはノワール)。
まだ桜の蕾もない枝だけの状態の木なのもあって、本当に浄化してくれるのか不安になる。
「水の精霊さん、お水をお願い」
『まかせろ~』
「土の精霊さん、少し元気にさせてくれる?」
『よゆう、よゆう~』
桜の木の根本がじんわりと湿り気を帯びて、周辺の土の色がぐっと黒っぽい土の色に変わった。
「よろしくね」
桜の木の幹をポンポンと軽く叩く。桜の木に意思があるとは思えないけれど、なんとなく、精霊同様に『任せろ!』と言われた気がした。
次の桜を植えるべく、エイデンの立っているところを起点に、西側の方(うちの山があるほう)へ、100メートル間隔で桜の木を植えていく。
なんとなくこの間隔で植えないと、エイデンの結界がなくなったら『瘴気』が漏れ出てしまう気がしたのだ。
「うわー、ちょっと全然足りないんじゃない?」
最後の1本を植えてから、思わず声が出る。
村から持ってきた桜の木は20本くらいあったはずなのだけれど、それでも『瘴気』の範囲を囲い込める本数には足りなかった。たぶん、三分の一くらいにしかなってない。
「挿し木で増やすしかないわね。精霊さんたち、お手伝いよろしくね」
『わーい!』
『やるやる~!』
いつもはやりすぎの感が否めない彼らだけど、今回は張り切ってもらったほうが助かりそうだ。
私は『収納』にストックしてあった黒ポットをあるだけ取り出して、植えた桜の根元の土をいれていく。
「あとは枝なんだけど」
大きく育った桜の木では私の背では枝まで届かない。木に登るのも難しい。脚立も『収納』しておけばよかった。
「ガズゥたちがいればお願いできたんだけど……」
『えだ、きる?』
『きる? きる?』
「え、お願いできる?」
風の精霊たちが、わーい、と声をあげて一斉に飛んでいく。
――桜の木を坊主しないでね。
彼らの勢いに、そう願わずにはいられなかった。
* * * * *
エイデンは腕を組みながら、結界を維持している。
――さすが五月だ。
先ほどまで、汗を滲ませながら立っていたエイデンだったが、今では『瘴気』の様子を確認する余裕がある。
――サクラの木の浄化も、少しずつだが進んでいるな。
もう少し『瘴気』の量が減れば、五月のもとへも行けるのだが、五月がいる側とは反対側、東側の結界の方に『瘴気』の圧力が増えている。
浄化のペースがまだ『瘴気』の増加に追いついていないのだろう。
「ノワール」
『はい、エイデン様』
五月の後をついていっているノワールへ声をかける。エイデンの言葉はノワールの脳内に響いている。
「俺はまだ五月のそばには行けない。我々の威圧で魔物どもは近寄らないだろうが、万が一がある。気を付けて見ておけ」
『はいっ!』
エイデンは再び『瘴気』に目を向ける。
――こんなに濃い『瘴気』は自然には発生しない。
黒く蠢く『瘴気』の奥にある発生源のことを考えると、嫌な予感しかしなかった。





