第523話 黒い森
眼下に広がる真っ黒な森。本当に文字通り、真っ黒。
「……こんなに酷いとは思わなかった」
私は今、ノワールの腕の中から外を見ている。
エイデンだったら私の乗った軽トラごと運んでもらうところなのだけれど、ノワールには少し大きかったようで、彼の腕の中にいるわけだ。
一応、ハクの背中で寒い思いをしたので、風の精霊たちに頼んで冷たい風を遮断してもらってもいる。
「しかも、けっこう広範囲じゃない?」
『う、うん』
タブレットの『地図』情報で調べると、ここは帝国の南に広がる森らしい。
冬だというのに濃い緑の木々が生い茂っているのは、常緑樹が多いということなんだろう。そんな中、かなりの広範囲で真っ黒に染まっている。染まっている原因の『瘴気』がモヤモヤと蠢いている様子まで見えてきた。
『エイデン様がこれ以上広がらないように、全体を結界で包んでいるんだ』
ノワールの声に、いつになく真剣な響きが滲んでいる。
確かに、この景色を見たら真剣にもなるだろう。
私は思わず唾をごくりと飲み込んだ。
村で桜を収納していたところに、ノワールが私を迎えにきてくれた。
エイデンに言われて、彼の最高スピードで飛んできたらしい(それでも精霊たちには敵わなかったと悔しがっていた)。
肝心のエイデンだけど、最初は『瘴気』を彼の『蒼炎』と言われるブレスで散らそうとしたらしい。普通だったら、それで消えるなり、薄くなるなりするのだそうだが、なぜか消えてもすぐに元に戻ってしまったそうだ。
これは普通の『瘴気』ではないと判断したエイデンは、これ以上広がらないように結界をはって、私を連れてこようと思ったそうだ。
しかし、いつもなら結界をはって離れても大丈夫なはずが、この『瘴気』はそのいつもが通用しなかった。エイデンの結界を壊そうと浸食してこようとしたのだそうだ。
エイデンの結界を、である。
この話をノワールの腕の中で聞いたのだが、そんなの、私の桜の木たちでなんとかなるんだろうか、と、今更ながらに不安になる。
『あそこにエイデン様がいる』
ノワールの声で森の方を見るけれど、残念ながら私には見えない。
バッサバッサと羽ばたきながらノワールが降りたところには、地面は赤黒く焼け、木々も黒く焼けた状態のモノが転がっている。
その端の方、黒い靄がたちこめているが、薄いガラスのような結界に阻まれて、それ以上は進めないようだ。
その目の前に、人の姿のエイデンが腕を組んで立っている。
『エイデン様、五月を連れてきたよ』
ノワールの声に、エイデンは振り返らずに「ああ」と返事をするだけ。
――あのエイデンが?
私はエイデンの傍に駆け寄る。見上げると、厳しい顔をした彼の額に汗が浮かんでいる。
「私はどうしたらいい?」
「ああ、少し楽になった」
「うん?」
「アレを見てみろ」
エイデンの言葉に頭を傾げるが、彼の言うとおり、黒い靄の方へ目を向ける。
「あれ? 靄、減った?」
「いや、減ったというより、後退したというのが正しいだろうな」
「後退ってことは、他のところに力が分散したってことじゃないの?」
「そうとも言えるが、こっちが『瘴気』の進行方向だったせいで、一番浸食する力が強かったんだ。でも、五月が来たおかげで、一旦後退したんだろう」
一旦ってことは、まだ広がろうとするってことだろう。
まるで意思でもあるかのように。





