第512話 エイデンと簡単栗きんとん
プレゼントに貰ったジュエリーボックスを二階の部屋に置きにいった隙に、階下に降りていくマリン。エイデンに気付いた途端、盛大にゴロゴロ言いながら彼の足に纏わりついている。
エイデンも嬉しいらしく、マリンを抱きかかえて顎のあたりを撫でている。
私としてはまだ途中の簡単栗きんとんに取り掛かりたいのだけれど、なかなか帰ろうとしない。
さすがに「さっさと帰れ」とストレートには言えず、どうしたものかと思っているうちに、再び座って、マリンを膝にのせてのんびりしだした。
――えぇぇぇ。いつまでいるつもり!?
「あのぉ、私、まだやることあるんだけど」
「うん? いいぞ、俺はマリンと遊んでいるから」
「いや、そうじゃなくてぇ」
マリンはマリンで、エイデンの膝から降りようとしない。
私は大きなため息をついた後、仕方なしに簡単栗きんとんを作ることにした。
サツマイモを輪切りにして、厚めに皮を剥いていく。この皮は後できんぴらにでもするつもりだ。
ひたひたの水でサツマイモを茹でていく。水分がとんだところで、すりこぎで潰して、ゴムベラでなめらかになるまで混ぜまくる。
「あとは、ザル裏漉し~」
「……手伝うか?」
エイデンがいきなりカウンターごしに声をかけてきた。
マリンは満足したのか、今は暖炉の前で丸くなっている。
「手伝ってくれるのはありがたいけど……ザル、壊さない?」
どうにもエイデンの力加減が不安なので、思わず言ってしまうが、問題ない、と言って私からゴムベラとザル、ボウルを受け取ると……見事に綺麗に裏漉ししたサツマイモのペーストが出来上がった。
「上手ね」
思わず感心して呟くと、エイデンはフッと笑った。
「これをこの後、どうするんだ?」
「あ、ああ、ここに栗の甘露煮のシロップをいれるのよ」
ボウルの中のサツマイモのペーストにシロップを入れて混ぜこむ。滑らかになったところで、栗の甘露煮をいれて、再び混ぜて出来上がりだ。
スプーンでひとさじ掬ってみる。
「ん、甘っ」
ちょっと甘い気がするけれど、悪くはない。
さっとスプーンを洗って、栗きんとんをタッパーに詰め替えようと思ったら。
「俺にも」
そう言われて、「はい」と、自然とスプーンで栗きんとんをすくってエイデンに差し出していた。
――あ。
エイデンがいる空間に馴染んでしまっている自分に気付き、少し驚いてしまった。
* * * * *
エイデンは、五月の手伝いをしながら、かつての聖女たちとの旅での出来事を思い出していた。
野営のたびに、同行していた護衛の騎士たちや従者たちとともに、聖女も料理を作ったものだった。
当時は今ほど力加減のわからなかったエイデンは、毎回、失敗しては共にいた仲間たちから、叱られたり、笑われたりした。中でも聖女は、仕方がないわねぇ、と言いながら、こうやるのよ、と丁寧に教えてくれた。
「ん、甘っ」
味見をしていた五月の声に、「俺にも」と反応するエイデン。
「はい」
自然と目の前に差し出されたスプーンに、目を見開く。
――ああ、そういえば。当時の聖女も同じようにスプーンを差し出してくれたっけ。
五月にかつての聖女の姿が重なった瞬間であった。





