<ガリハゲーノ>
小娘は斜め掛けのバッグから何枚かの紙を取り出し、ガリハゲーノの目の前に差し出す。
――マグノリアへ渡した借用書!?
マグノリアが返済に来るたびに、利息分が足りないと、新たに更新してきたモノだ。
累計すると、当初借りた金額の30倍以上になっている。平民のマグノリア一家が一生かかっても返せない金額だ。
「マグノリアさんの借金を立て替えにきたのよ。金額はこれで間違いない?」
――くそっ、いきなり店先で大声で話すとは、忌々しい。
店先で借金の話をしだしたのには困ったが、こんな小娘に払えるわけがない。平民が一生飲まず食わずで働いたとしても、10年や20年はかかるだろう。
もしや、ピエランジェロ司祭が払うのか、と司祭のほうへ目を向けるが、司祭は素知らぬ顔。
「……そうです。しかし、あなたに、これが払えるのですか?」
「払えるか、払えないかで言えば、払えるけど。でもさ、3万Gを借りたのが、なんでたった3カ月で30倍になるのかなぁ?」
他の客に聞こえないように声を落としたのに、小娘のほうは大きな声で言うものだから、店の中にいた客たちがギョッとした顔でガリハゲーノたちのほうを見る。
「ここの金利ってそんなに高いモノなんですか? 司祭様?」
「いえ、そんなはずはありません」
「じゃあ、わざと高利で貸して返せなくして、借金奴隷にでもするつもりだったのかなぁ?」
厳格な父の仕事ぶりを引き継いでいたガリハゲーノだったので、真面目で信用のおける商会で名がとおっていた。なのに、こんなバカげた金利で金を貸していたなどと噂が立ったら、間違いなく評判は落ちる。
「しゃ、借金奴隷などと、失礼なっ」
「でもぉ、お金が返せないならフェリシアちゃんを渡せって言われたって聞いたんだけどぉ」
小娘の大声で、客たちの中で店の印象がガラリと変わる。
特に女性たちの視線は冷ややかだ。
『ねぇ、マグノリアって、あの綺麗な方よね』
『ええ、旦那さんを亡くして苦労されてるって』
『そういやぁ、息子さんも怪我をしたって』
『娘さんも、大層かわいいって聞いたことがあるわ』
『まさか、そういうこと?』
ヒソヒソと話をする女性客たちの視線が、痛いほど冷ややかだ。
「と、とんでもないっ! な、何かの勘違いではないでしょうかっ」
「そうですよねぇ? でも、こんな高いのって」
「いや、そのぉ、か、書き間違えでしょう! ほ、ほら、桁が一つ違うかと」
冷や汗をかきながら、借用書を書き直す。
「あら、いいのかしら」
「は、はいっ、結構です!」
内心、怒り心頭になりながらも、笑顔をはりつけて金を受け取り、店から出て行ってもらう。
しかし、相変わらず、客の視線は厳しい。
ガリハゲーノは笑みを浮かべ頭を下げつつ、店の奥へと戻っていく。
――仕方がない、金で縛れないなら、無理にでも連れてくるしかない。
「おい」
「……なんでしょう。坊ちゃま」
「奴らに連絡しろ。今夜中に、女と子供を例の別宅に連れてくるようにとな」
「……かしこまりました」
長年、ガリハゲーノに仕えてきた年老いた使用人は、諦めた表情で頭を下げると、その場から離れていった。
* * * * *
ガリハゲーノの執務室の中、精霊たちが窓際に座りながらおしゃべりをしている。
彼らの目の前にはガリハゲーノの細い背中が見える。
『まったく、さつきはあまいよねぇ』
『こんなやつに、おかね? をわたすひつようなんかないだろう?』
『またわるだくみしてるみたいだしー』
『あれくらいじゃ、こりないんだろう?』
『どうしようもないねー』
『どうせ、あのおやこも、まちをでてるころだろうし、だいじょうぶだろうけどさぁ』
『でもぉ、わたしたちはぁ、ものたりなーい』
『ものたりなーい!』
『じゃあ、やっちゃう?』
『やっちゃう?』
『まずは、こんやだね!』
『だねー!』
精霊たちは悪い笑みを浮かべながら、執務室の中を飛び交い始め、ガリハゲーノの多くはない髪が一本、一本、はらりはらりと落ちていく。
* * * * *
その日を境に、ガリハゲーノの商会は凋落の一途をたどる。
マグノリア一家を捕まえることもできず、連れ込むはずだった別宅は小火で焼け落ちた。
高利貸しと『借金奴隷』の噂は瞬く間に広がってしまった。
そして一番は、大口の取引先だった辺境伯家から取引中止となったことだ。
「なぜ、なぜですか!」
「さぁ? 私は主人の言葉を伝えるだけですので。では、失礼いたします」
辺境伯家から遣わされてきた使用人は無表情に答える。
ゲッソリと痩せ細ったガリハゲーノは、呆然としたまま力なく椅子に座り込んだのだった。





