第497話 饐えた臭いと、黒い靄
小さな女の子は……ビックリするぐらい可愛かった!
――ヤバい。まさに、掃き溜めに鶴だわ。
キャサリンも可愛かったけれど、どちらかというと美人なタイプ。大人になったらクールビューティーとか言われそうなのに対して、フェリシアはまた趣の違う可愛さ。緩いウェーブのある金髪にたれ目の碧眼。
今は痩せて薄汚れた服を着ているけれど、しっかり食事をして美しいドレスを着ていたら、まさにお姫様って感じだろう。
「フェリシア! よかった。おばさんは?」
「マーク兄ちゃんっ!」
ドアから飛び出し、マークの足に抱きつくと、びぇんびぇんと泣きじゃくる。これでは話もできないので、勝手ながら、家の中に入ることにした。
「お邪魔します~」
薄暗い部屋の中の饐えた臭いに、顔を顰める。慌ててハンカチで口元を覆った。
なんとなく嫌な予感がして、急いで部屋の奥の方へ向かうと、古くなったベッドにはやつれたマグノリアさん、ベッドの脇の椅子にザックスがぐったりした様子で眠っていた。二人とも、顔色が悪い。
「し、司祭様っ!」
私の後をついてきていた司祭が、慌てて中に入ってきた。
「これは酷い」
司祭はザックスを軽々と抱き上げる。どこにそんなパワーがあるんだ、って思ってしまった。ザックスを古びたソファに横たえると、彼も気が付いたのか目をゆっくりと開いた。
「……し、さいさま?」
「ああ、ザックス、大丈夫か」
「お、おれより、かあさんが」
「わかっておる。まずは、お前さんの方が先じゃ」
そう行って、何かを飲ませている。あれは、オババのポーションか?
それよりも私が気になるのは、この饐えた臭いとともに部屋の薄暗い原因……黒っぽい靄が部屋の中に浮かんでいるってことだ。
なんとなく不気味に感じた私は、饐えた臭いもなんとかしたくて、小さい窓を開ける。そもそも換気もせずに閉め切っているほうがよくないだろう。
「ちょっと寒いけど、窓開けるわね。スコルさん、ドアは開けたままにしておいて!」
私の声が聞こえたのか、スコルがドアを大きく開けたのか、冷たい空気が流れていく。そもそもがスラムという場所柄、空気がいいわけではなかったけれど、それでも先程に比べたらだいぶマシになった。
タブレットの『収納』から、私のお手製のブルーベリージャムの小瓶とスプーンを取り出す。豊作のおかげで、ストックがたくさんあってよかった。ベッドのそばに向かうと、彼女の額に手を置く。だいぶ熱があるようだ。
「マグノリアさん、マグノリアさん、聞こえますか?」
「うっ……」
薄っすらと目を開けたマグノリアさん。彼女の瞳もフェリシアと同じ綺麗な碧眼だ。 こんなにやつれていなかったら、彼女も相当な美人さんだっただろう。
ブルーベリージャムをスプーンですくい、彼女の口元へ運ぶ。
「これ、舐めてください。大丈夫、甘酸っぱくて美味しいですよ」
「……」
虚ろな瞳のまま、素直にジャムを舐めてくれた。
「よかった……ゆっくりでいいです。全部食べてくださいね」
マグノリアさんの瞳から、涙がポロリと零れ落ちた。
* * * * *
精霊たちは黒い靄を窓の外へと押し出していく。
『ほんと、くっさいなぁ、このへや』
『さつきのおかげで、あくいのもやはきえてきてるけど、それにしたって、こいつはひどい』
『おんなのしゅうねん? おんねん?』
『ほら、でてけ、でてけよー』
そんな精霊たちの姿に気付いたのは、なんとフェリシア。
先ほどまでギャン泣きしていたのに、精霊たちの様子に呆然となっている。
『おや、おまえは、みえてるのか』
『みえてても、ことばはわかんないみたいだね』
『ドレイクとははんたいだな』
精霊たちの楽し気に飛び回る様子に、フェリシアは徐々に笑みを浮かべていく。
『なんにせよ、さつきがきたからな』
『このこたちも、めんどうみてくれるだろ』
『さつきだからなー』
今日も精霊たちは暢気に飛び回る。





