第496話 マグノリアのこと
食事を終えた私たちは、スラム街へと向かった。
スラム街という言葉から物騒な雰囲気をイメージしてたのだけれど、むしろ人っ子一人いない。道はなぜかぐちゃぐちゃとぬかるんでいる。
司祭に聞いた話では、マグノリアさんという人は、なんと先々代の辺境伯の孫娘らしい。現辺境伯とはいとこ同士ということだ。
そんな人がなんで、こんなスラム街に? と思ったら、マグノリアさんの祖母(第二夫人だったらしい)が亡くなってから、正妻とその娘(異母姉)によって祖母である次女は追い出されたらしい。
父親の先々代は何してるんだ、って話なんだけど、第二夫人は愛してたけれど、その子供となる娘には関心がなかったようなのだ。
高位の貴族あるあるなのか、その第二夫人も他に婚約者がいたというのに略奪してきたというのだから、おいっ! と怒鳴りつけたい。
異母妹であるマグノリアさんの母のことを、辺境伯領からケイドン伯領へと逃がしてあげたのが、先代の辺境伯。
ついでに言うなら、護衛としてついていた騎士と結ばれたらしい。
――どこぞの恋愛小説かよ!
思わず、一人ツッコみしてしまうのは、許してほしい。
マークも友達が辺境伯の血筋だったとは知らなかったらしく、あっけにとられていた。
何故ピエランジェロ司祭がそんなことを知っていたのかというと、なんと前任者からの引継ぎに、マグノリアさんの家の話が含まれていたのだとか。それだけ、先代の辺境伯からも気にかけるように言われていたのだろう、とは司祭の談。
そしてマグノリアさんが大人になって結婚した相手は、他の街からやってきた冒険者だったらしい。ザックスとフェリシアと子供にも恵まれて、幸せな家族だったそうだ。
マグノリアさんは、よく教会に告解に来ていたこともあってピエランジェロ司祭とも親しくなっていたのだそうだ。
「マグノリアの夫のバンディが亡くなったと聞いた時、彼女たちがこれからどうなるのか、かなり心配したものです」
そのバンディさんが亡くなったのはギルドの依頼の途中だったのに、なぜか違約金を払う話になってしまったらしい。それが、約3年前の話だそうだ。
「ちょうど、ザックスも冒険者として仕事を始めた頃だったこともあって、マグノリアの針仕事の稼ぎでなんとか生活が出来ていたようなんですが」
ピエランジェロ司祭は渋い顔。
ちなみにハゲロ司祭はマグノリアさんのことは引継ぎ出来なかったらしい。そんな暇もなく追い出されてしまったそうだ。先代の辺境伯は引退したものの、元気だそうで、このことを知ったら、ヤバいんじゃないの? と思った。
「サツキ様、ここです!」
ボロボロのドアや白壁(すでに黒ずんでる)には、泥の足跡がいくつもついている。
そのドアをマークがドンドンと叩く。そんなに強く叩いたら壊れちゃうんじゃないの、と焦る私。
「おばさんっ、俺、マーク! いるんだろっ!」
しがらくして、ドアがゆっくり開いた。
隙間から見えたのは、真っ暗な部屋。
「……マーク兄ちゃん?」
足元から聞こえた声に、視線を落とすと、小さな女の子の怯えた顔が見えた。





