第485話 エイデンを怒らせてはいけない
マリアンヌさんからの手紙を読み終えて目をあげると、人の姿のエイデンが村の方から歩いてくる姿が見えた。黒系でまとめられた格好と、モデルばりのスタイルのよさは相変わらずだ。
――残念な中身がなければ、本当にイケメンなのにねぇ。
などと思っていても、本人には言わない。
「お帰り~」
「ただいまっ」
私が声をかけると、上機嫌に返事をする。
嬉しそうな笑みを浮かべながら走ってくる姿に、大型犬の絵が重なる。
「しばらく姿を見なかったけど、ずっと帝国にいたの?」
マリアンヌさんを送り届けた後、こちらには戻ってきていなかったエイデン。確か、ケニーとラルルも一緒に行っていたはずだ。
「帝国だけじゃなく、あちこち、行ってきたぞ」
「へぇ」
古龍の姿で飛び回れば、大騒動になりそうだけれど、そういう情報はなかなか伝わってこない。そのせいもあって、大丈夫だったのかなぁ、と少しは心配にはなる。
……エイデンだったら大丈夫なのかもしれないけど。
「土産がいっぱいあるんだが……今は、無理だな」
まだ作業の途中の葡萄畑へと目を向けたエイデン。
果樹用棚は、まだ出来上がっていないので、苗だけが植わっている状態だ。
「まさか、3人でやってたのか!? 他の奴らはどうした」
「あ、あの、今は皆、ゲインズ様の手伝いで……」
「は?」
さっきまでマリアンヌの手紙でデレデレだったドレイクだったが、エイデンのひとにらみで真っ青だ。
「イ、『イモジョウチュウ』の準備で忙しくてですね……」
「『イモジョウチュウ』?」
「は、はひっ、新しい酒を、そのっ」
「五月の手伝いよりも、酒作りだと!」
おっと。エイデンの眉間に凄い皺が。
「い、いやいや、わざわざ来てもらってるんだしさ。そんな怒るほどでも……」
どうどう、と落ち着かせようとしたんだけれど。
「五月! 何を言ってるんだ!」
エイデンの怒りのせいか、なんか空気がピリピリしている。タイーシャさんとドレイクの顔色が真っ青から真っ白になりそうだ。
「あ、じゃ、じゃあ、エイデン、お手伝い頼んでもいいかしら~?」
「何っ!」
「エ、エイデンが手伝ってくれたら、嬉しいなぁ」
両手を祈るようにして、エイデンを見上げる。
絶対、普段の私ならやらない!
「よ、よし、そうかっ。五月が言うなら、手伝おうじゃないかっ。ふむ、タイーシャ、何をすればいい」
そう言うと、さっきまでの怒り顔はどこへやら。ご機嫌でタイーシャのほうへと歩いていくエイデンを確認して、ドレイクの方へと駆け寄る。
「急いで、ドワーフの誰か、呼んできてっ」
「は、はひっ!」
猛ダッシュで走り去っていくドレイクを見送って、私もタイーシャたちの方へと手伝いに行く。
ものの10分で、ドワーフたちが全員、顔を真っ赤にして息を切らせながらやってきたのは言うまでもない。
ちなみに、この葡萄畑の場所は、私の足でも30分以上かかる場所にある。
小柄なドワーフたちが、どれだけ必死に走ってきたのかは、ご想像にお任せする。





