<マリアンヌ>(4)
朝食の後、サーシャたちとずっと行動を共にしていた。むしろ、サーシャたちが心配して一緒にいてくれた、というのが正しい。
翌朝、制服に着替えていると、寮の部屋がノックされた。
「はい?」
ドア越しに声をかけるけれど、返事がない。しばらく待ってから、マリアンヌがそろそろとドアを開けると、ポトリと何かが落ちた音がした。
ギョッとして足元を見ると、桃色の巾着が落ちていた。
「何かしら?」
不思議に思いながら巾着を取り上げ、中を確認しようしたら……黒い靄のようなモノが溢れて……その中の一本の靄が黒い蔦のように、ゆっくりとマリアンヌの手首に絡もうとして伸びてきた。
「イ、イヤァァァァッ!」
マリアンヌの大きな叫び声に反応するかのように、黒い靄はシュンッと霧散する。
巾着は見事に床に叩きつけられた。
「な、なにっ!?」
次々に部屋のドアが開いて顔をだす、女生徒たち。皆の視線が、立ちすくみながらガタガタと震えるマリアンヌの姿に集中する。
「なにごとっ……マリアンヌ!? どうしたの!?」
隣室のサーシャも顔を覗かせると、様子のおかしなマリアンヌの元へ駆け寄る。
「あ、あれから、変な黒いのが出てきてっ」
マリアンヌの指さす先には、桃色の巾着があるが、すでに先程の黒い靄は消えている。
「黒いの?」
「も、もうなくなっちゃった……なんだったんだろ……」
勇敢な女生徒の一人が、足先で巾着をつつく。すると、ころりと1個、濃いピンクと紫色のマーブル模様の欠けた飴玉が出てきた。
「? あら、これって」
飴玉を見たサーシャが眉間に皺をよせながら、呟いた。
「貴女がよく舐めてた飴じゃない?」
「そうね、いつも休み時間に舐めてたわ……凄い柄だったから覚えてるわ(よく舐めれるなぁって思ったのよね)」
「ナルーシス子爵令息からのプレゼントだって言って、嬉しそうに舐めてたのよね(あれのどこがいいのかわかんなかったけど)」
「覚えてる、覚えてる」
マリアンヌは首を傾げる。そんな飴を舐めてた記憶がなかったのだ。
「とにかく、こんなの口にしちゃダメよ」
「そうそう」
「これ、私が預かるわ」
巾着を拾い上げたのは、厳しい顔をした女生徒……セイギーノ侯爵家に連なる男爵家のご令嬢だった。
* * * * *
巾着から溢れた黒い靄は、マリアンヌに纏わりつこうとした瞬間に消えて……バカディ・ナルーシスの元へと飛んでいく。
「まったく、しばらく舐めていなかったとはいえ、魅了の効果が消えるとはな」
「御屋形様から、もう少し強めの物を頂いてまいりましょうか」
バカディの隣に黒服姿でひっそりと立つのは、ゴードル子爵家に飼われている影。ゴードル家とナルーシス家は、祖母同士が双子という親戚同士である。
ちなみに、ドワーフの国でも有名な火酒作りの孫と知り、マリアンヌに目を付けたのはバカディだった。それを知ったゴードル家、ナルーシス家、双方から、マリアンヌを取り込むように指示されたのだ。
なぜなら、ドワーフの国の火酒、それもアルコ一族の作る物は滅多に国から出ないからだ。国から出た物は、とんでもない高額で売買されるのだ。
実際、『魅了』されたマリアンヌから巻き上げた火酒は、バカみたいな高額で買取され、両家の資金源の一部になっていた(一度、試しに飲んだバカディは、秒で意識を失った)。
「そうだな。まだ在庫はあるはずだが……おじ上に頼んでおいてっ……」
影へと顔を向けた時、黒い靄がバカディの身体を包み込んだ。
黒い靄、それは『魅了』の効果。本来なら、何度も口にすることによって、効果が現れてくるモノだったのだが、五月のヘアゴムの威力のせいで、倍以上の効果をもたらしてしまっている。
しかし、それに気付く者はいない。
バカディは目を大きく見開くと同時に、頬をピンク色に染め、影の手をとった。
目にはハートが浮かんでいる。
「……影よ」
「? はい? どうされましたか」
急に手を握られ、ギョッとする影。
「好きだ……愛してる」
「バカディ様!?」
がばっと影に抱きついてきたバカディに、影は一瞬、固まるも、すぐさまバカディの首筋を打って気を失わせた。
「い、いきなりなんだってんだ!?」
訳がわからない影は、顔を引きつらせつつ、腕に浮かんだ鳥肌を撫でるのであった。
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ゴードル子爵家は、あのララの家です。
辺境の領地なので、ゴードル子爵家の悲劇はまだ伝わっていません。





