<マリアンヌ>(2)
ロビーにはサーシャの他にも数人のクラスメイトの女子が集まっていた。
平民なのはマリアンヌだけで、他の女子は低位貴族だけれど、小柄で可愛らしいマリアンヌは、彼女たちにとってはマスコット的な存在であった。
「お待たせ、サーシャ」
「!? マリアンヌ、何、その髪」
サーシャだけではなく、他の女子たちも目を瞠っている。
指摘されたマリアンヌの方は、きょとんとしている。
「凄く艶々じゃない!」
女の子たちは次々にマリアンヌの髪を褒め、頭を撫でては感嘆の声をあげる。
艶々なのは、村での規則正しい生活と、ハノエからお土産にと少しだけ分けて貰った椿油のおかげだ。
「それに、その髪飾りは何?」
「え、あ、これ? これは頂き物なの」
五月からもらったヘアゴムに、視線が向く。
普通はリボンや紐などで結ぶのに、この黒い紐はどうやって結んでいるのか、皆、不思議に感じている。
カラフルなフェルトボールも見たことがなかったので、興味津々だ。
「肌もなんか、綺麗になってない?」
「そうね。休み前は、もっと疲れ果ててるというか」
「いい冬休みを過ごせたのね」
クラスメイトたちの笑顔に、マリアンヌも頬を染めながら「ええ、楽しかったわ」と答えた。
その様子に、何かあったと察して、なになになに? と皆で聞き出そうとするクラスメイトたち。
村の詳しいことは話してはいけない、と言われていたので、祖父と一緒に知り合いの所に行って手伝いをしてきたこと、そこで素敵な出会いがあったことを伝えると、皆がキャーッと黄色い声があがった。
「よかった!」
「本当に!」
「私たちのマリアンヌが、正気に戻ったわ!」
サーシャたちがギュッと抱きしめてきて、マリアンヌはあわあわとなる。
「し、正気って」
「だってねぇ、貴女ったら、あのナルーシス子爵令息にべったりだったでしょ」
「確かに顔は少しいいけど」
「高位貴族のご令嬢たちにはいい顔するけど、私たちは無視するのよ」
「顔だけで、頭のほうは中の下じゃない」
「そうよ。マリアンヌの方がよっぽど頭はいいし」
「そうそう、それに平民の男性たちには貴族であることを振りかざしてるし」
「マリアンヌだって、そうよ。あんな風に言われて、よく怒らないと思ったわ」
「あんなののどこがいいのか、さっぱりわからなかったわ」
「苛められるのが好きなのかって思ったくらい」
「それで、婚約の話が出てるって惚気だした時には、絶対騙されてる! って皆で思ったのよ」
「でも、夢中になってる貴女に言っても聞く耳を持たないし」
次々に暴かれるナルーシス子爵令息の裏の顔。
――そんなに私、酷かったの?
マリアンヌ自身の暴走ぶりに、羞恥心で顔が真っ赤になった。
ワキャワキャと賑やかにマリアンヌたちが食堂へと向かう。ちょうど窓際の席が空いていたので、皆で席をとりに向かおうとした。
「マリアンヌ」
そのタイミングで、背後から威圧的な男性の声が聞こえた。
聞き覚えのある男性の声に、マリアンヌは振り返る。
「……ナルーシス様」
藁のような金色の髪は肩くらいで切り揃えられ、マリアンヌに向けられる眇められた濃い緑の目には、蔑んだ色が浮かぶ。
確かに顔立ちは悪くはない。しかし、それ以上でもない。
微かに記憶にあるナルーシス子爵令息のイメージは、こんなぺらっぺらなものだったろうか。
――あれ~?
マリアンヌは首を傾げた。





