<マリアンヌ>(1)
帝国の学校の寮にたどりついたのは昨日の夜のことだった。
朝早くに目が覚めたマリアンヌは、上半身を起こしてボーっとしながら、ここまで戻ってきたことを思い出していた。
帝国の皇都近くの森まで、馬車ごと抱えて運んでくれたのは古龍の姿のエイデン。
帰りは祖父のゲインズ・アルコは居らず、護衛として、狼獣人のケニーとラルルのみ。
マリアンヌ自身、馬車ごと運ばれるのが2度目。1回目はエイデンの姿に驚いて気を失ってしまい、気が付いたら村についていたけれど、今回は、窓から眼下に見える風景を楽しむ余裕すらあった。
森に着いた時、マリアンヌは馬無しの状態の馬車をどうするんだろう、と心配に思っていたのだが、エイデンが人の姿になると、森の中から2頭の立派な野生馬が現れ、そのまま馬車に繋がれたのには驚いた。
そこから先は、ケニーが御者になり、皇都の学校まで送り届けてくれた。
コンコンコンッ
『マリアンヌ、いる?』
隣の部屋のクラスメイトのサーシャが声をかけてきた。
マリアンヌは慌ててベッドから飛び降りる。
「いるわ! 今、起きたところよ」
『そう、よかったら、朝食を一緒にどうかと思って』
「わかったわ。少しだけ、待ってくれる?」
『1階のロビーで待ってるわ』
マリアンヌは急いで顔を洗い、髪を整える。もさもさの髪を1本の太い三つ編みにして、五月からもらったヘアゴムを手にした。
『お守りのような物だから、普段使いしてくれると嬉しいわ』
シンプルで温かみのあるフェルトボールの飾りは、マリアンヌの心をホッとさせる。
煌びやかな髪飾りやリボンをしている女生徒たちが頭に浮かぶ。
以前のマリアンヌだったら、ご令嬢たちを真似してもっと背伸びをしたゴージャスなリボンをしていただろう。
――貴族のご令嬢たちから、田舎臭いって言われそうだけど。
ふと、村を離れる前日に、マリアンヌ自身で作ったミサンガをドレイクに渡すと同時に、ドレイクからプレゼントされた素敵なかんざしを思い出す。
大きな魔石のついたかんざしは、さすがに学校生活には華美だし、ご令嬢たちから難癖をつけられそうなので、アクセサリーボックスにしまってある。
最初のうちは、ドレイクとは一緒に祖父の手伝いをしたり、話を聞いたりしていたのだけれど、行動を共にしていくうちに、マリアンヌの中にほのかな恋心が芽生えていた。
学校に戻る頃には、帝国の貴族の令息に夢中になっていたことが不思議に思うくらい、ドレイクのことで頭がいっぱいになっていた。
『気を付けて』
見送りに来てくれたドレイクの左手首には、マリアンヌが作ったミサンガがあった。それに気付いて、マリアンヌは嬉しくて泣きそうになった。
キュッとヘアゴムで髪を縛ると、視線はテーブルの上のホワイトウルフのマスコットに目がいく。掌サイズのまるっとした感じに、自然と笑みが浮かぶ。
『これ、結界の機能がついてるの。学校の寮だし、何もないかもだけど、念のためにね』
村にいる間、五月の存在については、『神に愛されし者』だと村人たちから教えられた。普段の五月の様子には、そんなことは思いもしないけれど、あのエイデンの寵愛を一心に受けている様だけでも、十分だ。
そんな五月の言葉を思い出し、スッと背筋が伸びる。
マリアンヌの部屋は、裕福な平民や下級貴族の多いフロア。寮で盗難があったという話は聞いたことはないけれど、万が一ということもある。
「お留守番、お願いね」
制服に着替え終えると、マリアンヌはマスコットに声をかけ、部屋を出てサーシャの後を追った。





