第476話 帰り道で、きつねそばを食べる
軽トラはキャンプ場に向かって走っている。
いつもならショッピングモールのフードコートでお昼にするのに、買い物に調子づいてしまい、ホームセンターに行ってしまったものだから、すでにお昼は過ぎて、むしろおやつの時間に近くなっていた。
道路の脇のファミレスが見えたけれど、今日はファミレスな気分ではない。
――前に稲荷さんが言ってた蕎麦屋があったと思うんだけど。
大きな道路沿いではなく、脇道に入ったところらしいっていうのは聞いていた。
――あ、看板あった。
左折する脇道の手前に置かれている看板は、風雨で少し傷んだ感じではあるものの、ちゃんと店名はわかる。
道を曲がり、しばらく行くと瓦葺の古い建物が見えた。たぶん、これだ。
隣に3台くらいが止められる駐車場があったので、そこにするりと軽トラをとめる。今は、他にお客さんがいないのか、とまっているのはうちの車だけだ。
「いらっしゃい」
おばあちゃんの声に出迎えられ、店内に入ると、案の定、私だけ。
空いている席に座ってメニューを見てみると、営業時間が書いてあって、ぎりぎりの時間に入ってしまった模様。
――うわ。だったら、さっさと出られるメニューにしよう。
早そうなのは、かけそばだろうけど、ふと目に入ったのは、きつねそば。
もしかしたら、稲荷さん、これが気に入ったのかもしれない、と思い、つい笑みがうかぶ。
「きつねそば、お願いします」
「はいよ、きつねそばね」
注文を聞いた小柄なおばあちゃんが、お茶の入った湯呑を置いていった。
――そばかぁ。
古びたメニューを見ていると、ふと、前に勤めていた会社の元上司(定年退職した人)が、蕎麦打ちが趣味だったのを思い出した。
退職前に1度だけ、その上司が打ったという蕎麦を分けてもらったことがあった。味とかは、まったく覚えてはいなかったけど、自慢気に配ってたなぁ、というのだけは覚えている。
さすがに自分で蕎麦打ちまでする気はない。私は乾麺の蕎麦で十分だ。
今回の買い出しでも、蕎麦に限らず、ラーメンやうどん、パスタを買い込んである。たぶん、私一人では全部は食べきれないだろう。
「はい、おまちどうさま」
「あ、ありがとうございます」
濃い色の汁で、味も濃そうに見える。白いネギに、ほうれん草だろうか。斜め半分に切られた油揚げは、どんぶりからはみ出している。
ズルズルッと蕎麦をすする。
――あ、美味しい。
手打ちのそばだからなのか、コシが違う。汁も思ったほどにはしょっぱくない。油揚げは甘めに味付けされていた。
気が付けば、あっという間に食べきってしまった。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました~」
おばあちゃんの声に見送られるように店を出る。
――年内最後だし、稲荷さんに挨拶だけして帰ろうか。
軽トラのエンジンをかけると、キャンプ場へ向かう大きな道路の方へと向かうのであった。
* * * * *
五月が出ていったのを見送り、老婆はのれんを下げる。
「おつかれさん」
「あんたもね」
老婆が労ったのは、濃紺の甚平姿の、どこか稲荷に面影の似ている老人。
「旨そうに、食ってたなぁ、あの嬢ちゃん」
「ふふふ、そうだねぇ」
きれいに汁まで飲み干してあるどんぶりを下げながら、老婆は笑みを浮かべる。
「よいしょっと、今日はここまでだな。じゃあ、わしゃぁ、帰るよ」
「あいよ、また明日な」
「ああ」
老婆はどんぶりを洗い場へと持っていく。
店の裏手の出入り口から出ていった老人は、トンッと軽く足を踏むと、くるりと大柄な真っ白な狐の姿に変わり、そのまま山の方へと駆けていった。
ちなみに、この老人は、稲荷さんの眷属です。
稲荷さんのお父さんとか、おじいちゃんとかではありません。
本来の店主である、老婆の旦那さんはすでにお亡くなりになっていて、ここの蕎麦が気に入っている稲荷さんが、蕎麦好きだった眷属に手伝わせています。
老婆は、なんとなく、人ではないだろうなぁ、と察してはいます。





