第468話 美味しいチーズと、帝国情報
村人たちが買い物を楽しんでいる様子に、私も自然と笑みが浮かぶ。
その村人の中には、ようやく新居が出来上がった、コントルさんやボドルさん夫婦がいる。さっきまで、様子見だったのが、気になる商品を見つけた奥さんたちに引っ張られて、一緒に見ているようだ。
「お、チーズだ!」
前に見たのと同じ、抱えるくらい大きなチーズがゴロゴロと置かれている。
あの時1個だけ買ったチーズが、まだ半分くらい残って『収納』に入ってる。思い出した時に、すりおろしてパスタにかけたりして食べているのだ。
そういえば、前にエイデンがジェアーノ王国で譲って貰ったチーズも、貯蔵庫で熟成させているのが残っていたはず。
前者は牛の乳で、後者は牛と羊をかけ合わせたような魔物の乳だったはず。
どちらが美味しかったかといえば……魔物のほう。食べ方の問題なのかもしれないけれど、とろりと溶けたチーズは格別だった。
「これは、どこの何のチーズです?」
「帝国の北部のケセケト村で育ててるソゴワと呼ばれる牛の乳で作ったチーズだよ」
「前にもチーズを買ったんですけど、あれは」
聞いてみると、獣王国の東北部と帝国の西北部の間にある小さな国(ノースメナス王国というらしい)で作られているチーズだったらしい。元になっている牛の種類も同じだそうだ。
「味はそんなに変わらないんですが、それも、今年作られた物まででしょうね」
「へ? それはなんで」
どうも帝国の方の村周辺の牛の餌になる草などが、のきなみ枯れてしまっているのだとか。仕方なく、他の草や餌を与えているそうなのだけれど、どうも牛たちがあまり食べないのだとか。
そのせいもあって、元になる牛乳の味がイマイチらしく、チーズにしても、今あるもののレベルにまでならなそうだ、とのこと。
「そ、それは大変ですね」
――もしや、ここにも精霊が絡んできてたりしないよね。
帝国の話題を聞くと、ついつい、連想してしまう。
「ええ。この味のレベルは帝国産の物では、これが最後になるかもしれません。どうです?買いませんか?」
そう言われて、せっかくなので大きいのを1個購入。
「それじゃあ、その村の人達も大変ですね」
「なんでも、このままじゃ牛たちが痩せ細ってしまうというので、ノースメナスのほうへと移住するようなことを言ってましたよ」
「移住なんて簡単にできるんですか?」
「彼らは3代前までは、ノースメナスの者だったそうで、帝国に侵略された時に逃げ切れなかった者たちだそうですよ。まぁ、場所が大きな帝国の北の端なんで、彼らが移住したところで、気にも留めないでしょう」
帝国にしてみたら辺境も辺境、ってことらしい。
「羨ましい。だったら、チーズの作り手の方、うちに来てほしいわ」
うちでも牛乳が飲めるようになったし、バターも作れるようになった。ただ、まだチーズ作りまでにはいたっていないのだ。
せっかくなので、チーズ屋のエルフに『収納』にしまってあった、うちの牛乳を飲ませてみる。これは『収納』前にキンキンに冷やした牛乳だ。
「ん!? 美味しい!」
比較的穏やかな表情が多いエルフが、目玉を飛び出さんばかりに驚いている。
「美味しいでしょ? これで作ったバターも絶品なんだけど……チーズの作り手がいなくって」
「なるほど……これほどの牛乳であれば、ソゴワのチーズに負けないくらい……いや、それ以上のチーズが出来そうですね」
「作り手がいたらねぇ」
うちの牛乳で作ったチーズ、絶対美味しいと思うのだ。
エルフは、少し考えてから、うん、と頷くと、私のほうへと目を向ける。
「もしよかったら、少しこの牛乳を分けていただけませんか」
「ええ、いいですけど」
「ケセケト村の連中に飲ませてみます。もう、ノースメナスに移っているかもしれませんが……この牛乳でしたら、連中も気に入るでしょうし、その中でも、ここまで来てもいいと言う者も出てくるかもしれません」
「本当ですか!」
「確実とは言えませんけど、試してみる価値はあると思います。元来、連中は遊牧民だったという話もありますしね」
その言葉に、ちょっとだけ期待してしまう私なのであった。





