<ガンズ>
ガンズはずっと夢を見ていた。
ララと初めて出会った場面、一緒に依頼をこなしている場面、ふとした瞬間のララの笑顔、拗ねた顔。泣いた顔。
そして、ガンズを殺そうとした時の……醜い顔。
――何故だ。何故。あんなに互いを思い合っていたはずなのに。
そんな夢が何度も繰り返されて、ようやく目覚めた時には、ガンズの感情は完全に抜け落ちていた。
「ガンズ、ガンズ……」
いつも陽気な母親のメリーが涙に濡れた顔で、ベッドに横たわるガンズに縋りついている。父親のスコルも、一気に老けてしまっている。
そんな二人の姿にも、ガンズの壊れてしまった心は何も反応しなかった。
筋肉質だった身体が、どんどん痩せ細っていく。
そんな姿になっても、スコルもメアリーも、諦めなかった。自分たちの息子が『魅了』の後遺症に負けるわけがない、そう信じていた。
「ほら、サツキ様から頂いた梅シロップだよ。少しでいいから、飲んでおくれ」
青白い顔のメアリーの言葉に、無意識に口を開けるガンズ。
うんうん、と頷きながら目に涙をためながら、ひとさじ、ひとさじ、ガンズの口へと運んでいく。
ドンドンドンッ
家のドアを激しく叩く音が聞こえる。
メアリーは慌てて玄関のほうへと行くと「まぁっ!」という驚きの声を上げる。しばらく玄関先が騒がしかったが、しばらくして落ち着くと、ガンズの寝ている部屋に戻ってきたメアリーが嬉しそうな声で話しかけてきた。
「ガンズ、お前の幼馴染のコリンナが見舞いに来てくれたよ?」
「……」
ガンズは何の反応も示さない。瞳は死んだように何も見ていない。
「……ガンズ?」
スコルやメアリーの声には無反応だったのに、か細い女の声に、ピクリと耳が反応した。
「ああ、ガンズ、なんで、こんなっ」
ゆっくりとガンズに近寄って来る女の姿が目に入り、ガンズの身体がびくりと反応する。
――ララ?
――いや、違う。ララはこんなに小さくない。こんなに弱弱しくはない。
――だったら、この女は誰だ。
「コリンナ、悪いけど少しの間、見ててくれるかい?」
「ええ、ええ。おばさん、私、ここにいます」
メアリーが部屋を出ていくと、コリンナと呼ばれた女が、ガンズのベッドの脇の椅子に座り、心配そうな顔で覗き込んでくる。
――コリンナ?
――コリンナとは、誰だ。
それを考えた途端、頭に酷い痛みがはしる。
「うううっ」
「ガンズ! ガンズ、大丈夫!?」
「う、うううっ」
「ガンズ、待ってて、おばさん、呼んでくるから」
「……行くな」
コリンナの細い腕を、ガンズは痩せ細った腕を伸ばし、大きな手で掴んで引き止める。
「えっ」
「行くな、コリンナ」
先ほどまで無表情だったガンズが、泣きそうな顔でコリンナを見つめている。
――なんで、忘れていたのだろう。
――俺の最愛、コリンナ。
悪夢で繰り返し見ていた、ララの姿。その半分以上は、コリンナとの思い出で、なぜかそれがララのものとすり替わっていたのだ。
――Bランクの冒険者になったら迎えに行く。
そう思っていた。ようやく、念願かなって、ケセラノの街へ向かう途中、ケニーたちと出会い、そこでララを紹介されたのだ。
その時に、ちらりと思った。コリンナに似ているな、と。
そこからの記憶が曖昧で、最後のあの醜い顔のララが最悪の記憶として残っていた。
「ガンズ?」
「ああ、コリンナ」
先程までの死んだような目はなくなり、生気を取り戻した目には涙が溢れていた。
「よかった……よかったわ」
コリンナは泣きながら、ベッドに横たわるガンズに抱きつくのであった。





