第460話 稲荷さんちの双子
稲荷さんには双子のお子さんがいるそうだ。
1人は、奥さんそっくりの女の子、、もう一人が大地くんなのだとか。双子というからには似ているのかと思ったら、まったく似ていないらしい。
大地くんは、こちらの世界の勉強も兼ねて、キャンプ場近くの町の中学校に通っているそうだ。次代の稲荷さんってことなんだろうか。
通うと言ってもこっちに家があるのではなく、異世界の家から通っているのだとか。
どうやって、と思ったら、稲荷さんと大地くんには、異世界の家の中に、こっちに繋がる専用の扉があるんだって。
――『どこ〇もドア』かよっ!
叫びそうになったのは言うまでもない。
ちなみに、そのドア、私が使っているトンネル同様、他の人や生き物は異世界からは通れないそうだ。稲荷さんの奥さんも通れないらしい。
それだけ大地くんは、こっちの世界の存在ってことなんだろう。
大地くんが中学校に通いだしたのは今年の春からということで、まさかの中学一年生かと思ったら、三年生だった。三年生なら、この体格はありなのか。
稲荷さんと比べると、無表情。どこ行った、表情筋。
「父さん、俺、先帰る」
「ああ、気を付けてな」
ぺこりと頭を下げて事務所の奥に入っていく。
「……稲荷さん、そっくりですね」
「ええ」
ちょっと困ったような顔になった稲荷さんが、こっそり教えてくれた。
「私に似すぎて……エルフの里では居心地が悪いようなんです」
「え、なんで?」
「……黒髪もそうですし、目も細いですし……何より、エルフの特徴の耳がね」
「あ。ああ」
確かに、普通に耳は尖ってなかった。
でも、尖ってたら、こっちの学校でも色々言われそうだから、それはそれでよかったような?
「娘の方は、妻にそっくりで、私の要因はひとっつもないんですよねぇ」
まだ奥さんには会ったことはないけれど、いつも村にやって来るグルターレ商会のエルフたち(銀髪の長い髪、尖った耳、スレンダーな身体)を連想すれば、きっと、ああいう系統なんだろうなぁ、とは思う。
「そういえば、先日、娘がそちらの村に行きたいと言って、グルターレ商会の荷馬車に潜り込んだらしくて」
「へ?」
「すぐに見つかりましたから、よかったんですけどね」
とんだお転婆ちゃんだ。
奥さんは激おこらしく、1か月外出禁止になったらしい。1か月って長くないか? エルフのような長命種では、そんなことはないんだろうか。
ちなみに、大地くんも興味があるそうで、春休みに行きたいと言ってたらしい。
見た目は真面目そうだったので、大丈夫……だろうか?
* * * * *
大地は頬を染めながら、事務所の中を抜けて、稲荷専用の休憩スペースに入る。
エルフの里に繋がるドアは、この部屋に置かれた濃い緑色のドアだ。
――望月様に初めて会った!
母も姉のディアナも、まだ会ったことがなかったのに、自分が先に会えたことが、凄く嬉しい。大した会話が出来なかったのは、ちょっと残念ではあるけれど。
「ただいま」
エルフの里に戻り、家のドアを開ける。
母のレィティアは、ビーズクッションにもたれかかりながら、帰ってきた大地に目を向けた。
「アース、おかえりなさい。あら、何かいいことあった?」
「……別に」
大地は表情を変えずに自分の部屋に行ったつもりだった。
しかし、口元が微かに上がっていたのを、母の目は見落とさなかった。
「あらあらあら。本当に何かいいことがあったみたいね」
ビーズクッションに座ったまま、レィティアはくすくすと笑いながら、大地の背中を見送るのであった。





