第454話 瀕死のガンズ
軽トラの運転席から、眼下を見下ろす。
濃い緑に覆われた大森林。ビヨルンテ獣王国の魔の森が広がっている。
「こんな広大な森じゃ、普通はネドリの場所なんてわかんないわよね」
私には絶対無理。入っただけで遭難してる。
『あとすこしだよー』
『そうそう、もうすこし、ほくせい~』
『あのたかいきのしただよ~』
風の精霊たちが私の肩に乗りながら、きゃいきゃいと騒いでる。
『煩いぞ、お前ら』
『なんだよー、おしえてやってるんだぞー』
『だぞー』
『チッ』
私の軽トラを抱えて飛んでいる古龍の姿のエイデンが、忌々しそうに舌打ちしている。
ビョービョーと強い風が吹いているのに、精霊の声が聞き取れているエイデン、凄い。
「もしかして、あれかな」
私の目でも確認できるくらい背の高い木が見えてきた。周辺の木々からぴょこんと突出している。
『降りるぞ』
エイデンの言葉に、ハンドルを強く握る。ちゃんとシートベルトもしてるけど、ついつい着地に身構えてしまうのは仕方がないと思う。
ズサササッという大きな音とともに、周囲の木々が倒れていく。
「ちょ、ちょっと、ネドリがいるんじゃないのっ!?」
『大丈夫だ。ヤツがいる所から、少し離れているから』
エイデンはゆっくりと私の乗っている軽トラを地面に下ろした。
周囲の木々が倒れて明るくなったその場所は、当然地面は凸凹。草もぼうぼう。軽トラでも進むのも難しそう。『整地』して軽トラが走れる状態にするしかないか。
私はタブレットを取り出して、どうしようか、と悩んでいると。
「エイデン様っ!」
ネドリの嬉しそうな声が聞こえた。
結局、軽トラは『収納』して、エイデンにお姫さま抱っこされて運ばれた私。
非常事態だから仕方がない。心を無にして運ばれたのは言うまでもない。
「……これって、どういうこと」
精霊たちが指摘した大きな木の根本。
小さなテントの中に、大柄な男……ガンズが横たわっている。
肌は死蝋化した死体のように白く、まるで蔦のように青黒い静脈が体中に浮き出た状態のガンズが横たわっている。かすかに呼吸をしているのがわかる。それがなければ、完全に死んでいるように見えたかもしれない。
「私がガンズたちを見つけた時には、まだここまでは酷くはなかったんですが」
「ガンズたち? そういえばララさんは」
「……ガンズを置いて、逃げ出しましたよ」
「えっ」
最初、精霊たちからガンズたちが村を出ていった話が、エイデンに届いたのだそうだ。 ただ、相手が帝国出身のララだっただけに、ネドリに様子を見てくるようにエイデンが言ったのだそう。
――あらまぁ、エイデンにしてはお優しいこと。
チラリと後ろに立っていたエイデンに目を向ければ、私が感心したのがわかったのか、口元だけで笑っている。
実際、ガンズたちを見つけるのに1日かかったそうだ。こんな大きな森でよく見つけられたと思ったら、ネドリ曰く、実はホワイトウルフたちの協力があったからこそなのだとか。
ネドリが見つけた時には既に日も落ちていて、ガンズたちが食事をしている所だったらしい。ネドリがスープか何かのニオイに違和感を覚えた時には、ガンズがいきなり呻き声をあげて倒れたのだという。
慌てて飛び出したネドリは、すぐにガンズに食べた物を吐かせて、手持ちの解毒薬(ドワーフの国で補充した物)を飲ませた。しかし、あまり効かなかったらしく、徐々に今のような状況になってしまっているのだとか。
その間にララは逃げてしまったらしい。
「とりあえず、オババ特製の解毒薬、飲ませてみましょうか」
私は『収納』から解毒薬を取り出す。自分で使うイメージはなかったものの、オババから貰ったので、とっておいた物だったりする。オババの解毒薬は、うちの村で採った薬草や水を使ってる。精霊パワーがマシマシに決まってる。
「ガンズ、これを飲め……飲むんだっ」
ネドリは大柄なガンズを抱きかかえると、小さく開いた口の中に、解毒薬を少しずつ流し込む。無意識にコクリと飲み込んだのを見て、少しだけホッとする。
私はタブレットで『収納』の画面を見ながら、他にも何かなかったかな、と必死に探すのであった。





