<ゲインズ・アルコ>(1)
ゲインズ・アルコは、目の前の手紙の内容に、困惑していた。
送り主は、他家へ嫁いでいる娘からだ。なんでも、帝国の学園に留学している孫娘から、人族の貴族との婚約の話を聞かされたそうだ。
まだ本決まりではなく、口約束の段階ではあるものの、孫娘はかなり本気なのだとか。
しかし、相手は貴族。娘の嫁ぎ先は、裕福な商家だが、平民だ。孫娘が帝国の学園に留学できたのは、ひとえに、彼女が優秀だったからだ。
「恋は盲目か……人族なんぞに嫁ぐなど、苦労するのが目に見えているだろうに」
過去に何人もの娘たちが他国の人族の元に嫁ぎ、ボロボロな状態で戻されたことか。戻って来られれば、まだマシな方だ。
特に貴族ともなると、ドワーフを嫌う者の忌避感は尋常ではないと聞く。それなのに、孫娘に打診するなど、婚姻という名で縛った奴隷にするに違いない。
コンコンコンッ
『ゲインズ様』
「なんだ」
ドア越しに執事のボンズが声をかけてきた。
『お約束はないのですが……ネドリという冒険者が参ったのですが』
「……ネドリだと」
冒険者で『ネドリ』と言ったら、元Sランクの『ネドリ』のことだろう。そんな高ランク冒険者が、なぜ。
「わかった。応接室に案内しておけ」
『はっ』
娘からの手紙に視線を戻し、大きなため息をついた。
ゲインズの前には、2種類の液体が置かれている
1つは無色透明、もう1つは黄金色の液体。
ゲインズは目の前に置かれたグラスから、チラリと目の前にいる者たちへと目を向ける。
飲むように勧めてきたのは、ドワーフにしてはほっそりした体型の若い男のドレイク。
彼に並ぶように座っているのが、冒険者であれば誰もが知っているSランク冒険者、狼獣人のネドリ。
彼らの背後に立っているのは、妙に威圧感のある、長い黒髪を一つにまとめた、浅黒い肌に黒い目の美丈夫。
「どうぞ、味見をしてみてください」
「うむ」
ネドリの勧めで、まずは無色透明な液体を口にする。
「うっ!?」
一口つけた途端、クワッと目を見開くゲインズ。
「だ、大丈夫ですか!?」
ドレイクの心配をよそに、残りの液体を一気に飲み干す。
「くーっ! なんじゃ、この酒はっ!」
「……それは芋で作られた酒、『いもじょうちゅう』というそうです」
ネドリは、空っぽになったグラスに、再び無色透明な『芋焼酎』を注ぐ。
「こんな酒は初めてだ。この甘い香りもそうだが、先程のよりも酒精が強い。『火酒』には劣るが、十分旨いな」
再び、クイッと飲み干すゲインズ。
「……この酒を、ゲインズ様に作って頂けないかと思いまして」
「すでに、このような旨い酒があるのだ、わしの出る幕はないだろう」
「いえ、実は、こちらの酒は、我が村がお世話になっている方の国のお酒でして……本数がないのです」
「なんと、貴重な酒であったか」
「はい……その方が、我が村で採れた芋をご覧になり、村で作ってみてはどうかと」
「もしや、作り方をご存知なのか」
「はい、ただ、ご本人は酒造りにそれほどご興味があるわけではなく、作りたい者に教えるとのことなのです」
「であれば、お主らで作ってみればいいではないか」
「実は、ゲインズ様を推薦してくださった方がおりまして」
そう言ってネドリは、一通の手紙を取り出した。ゲインズはその手紙を受け取り、中身を確認する。
「……なんと、ヘンリックが、お主の村におるというのか!」
「はい。ヘンリック殿が、ゲインズ様をと」
「うーむ、ヘンリックから頼まれるとなると、否やは言えないが……さすがにすぐには難しい」
「それは、十分わかっております。もし、ご入用な物などありましたら、こちらも準備をいたしますので」
新たに酒造りへ挑戦することに、ゲインズの心は沸き立つ。





