<カスティロス>(3)
目の前で目をキラキラさせているのは、レィティアとその娘、ディアナ。
彼女たちの手にあるのは、五月の村で作られた『椿油』の小瓶だ。
「これは?」
「はい。こちらは『ツバキ』と呼ばれる木になる実で作られた油だそうで、髪や頭皮などに馴染ませて、マッサージなどされるといいそうです。実際、村の女性たちは年齢関係なく、肌艶がよくて、驚きました」
「まぁ、そんなに?」
レィティアはしげしげと手元の小瓶を見つめてから、瓶の蓋をあけてみる。
「それほど匂いは強くないわね」
ポトリと一滴、自分の手の甲にのせて、伸ばしてみる。
「……まぁ……まぁ、まぁ、まぁ!」
「お母様、落ち着いて」
「ディアナ! 落ち着いてなんていられませんわ! 見て、見て、この肌!」
……カスティロスからしてみると、違いははっきりわからないのだが、レィティアの興奮具合から、彼女の中ではかなりの違いがあるのだろう。
笑みだけを貼りつけて、女性たちの様子を伺う。
「こちら、五月様がお作りになったの?」
「いえ、村の女性たちが作った物だそうで」
五月の作った物は、村から出ることはない。多くは村人たちの中だけで消費される。
カスティロスにしても、村に滞在している時に、辛うじておこぼれに預かる程度なのだ。
「それと、そちらは」
「はい……こちらは、レィティア様へと預かって参りました、『聖女の育てた葡萄』のワインでございます」
「!」
何のデザインもされていない、緑色のシンプルなガラスのボトルを手渡す。
「これは、お夕食に旦那様と一緒に頂くわね」
「はい、是非に」
レィティアの夫であれば、このワインの素晴らしさに気付くだろう。
「あ、アースだわ」
ディアナがドアの方へと目を向け呟くと、すぐにドアが開いた。
「……ただいま戻りました」
そこには、臙脂のブレザーに濃紺のズボンという、エルフらしからぬ格好をした男の子が現れた。短い黒髪に、狐のような細目という彼の容姿は、口さがないエルフたちに、『黒狐』などと言われている。
「……カスティロス様。こんにちは」
「お邪魔しております」
「アース! 『ちゅうがっこう』はどうだった?」
そのまま自分の部屋にでも戻ろうとしていたアースに、『びーずくっしょん』に座ったままのディアナが問いかける。
「……まぁまぁ」
「まぁまぁ、って何よ」
「まぁまぁ、は、まぁまぁだよ」
アースは表情も変えずにぺこりと頭を下げて、フロアから出ていく。
「あの、『ちゅうがっこう』とは?」
「ああ。そうねぇ、帝国にある『学院』のようなモノかしら」
「お父様の世界にある学校らしいわ! 私も行ってみたいんだけど、あの子しかダメだっていうの」
「……そうなのですか」
あの子にとっては、頭の固い老害や、変なプライドの高い若いエルフなどが多い、この国は居心地のいいものではないだろう。
「そうだ! ねぇ、カスティロス様」
「はい、なんでしょう」
「私、五月様の村に行ってみたいわ!」
「……はい?」
「だって、モリーナ様も住んでいらっしゃるんでしょ? 私が行っても大丈夫じゃない?」
「何を言ってるの。モリーナは、ちゃんと魔道具を作って、働いているのよ。五月様の村に行って、貴女に何ができるというの!」
レィティアの言葉に、背中に冷や汗が垂れる。
なにせ、モリーナとドワーフによって分解された『自転車』を、ギャジー翁に直してもらうためにと、預かってきているのだ。
「わ、わからないわ! わからないけど、何かあるかもしれないじゃない!」
「……お父様に許可を貰えたならね」
「うぐっ!」
悔しそうな顔のディアナに、面倒ごとに巻き込まれませんように、強く願うカスティロスであった。





