<カスティロス>(1)
久しぶりに五月の村にやってきたカスティロスたち、グルターレ商会の面々は、村の変貌に驚いている。
「……何があったんですか?」
村の門をくぐるまで見てきた建物に、驚きを隠せない。
村の前に小さな村のようなものが出来ているし、道沿いには店のようなものまで建っている。どちらにも人影はないので、廃墟のようだ。
「ああ、実はですね」
出迎えてくれた村人たちから、コントリア王家の王子たちがやってきたことを聞かされ、内心、不安になる。
人族の負の感情の質の悪さを、カスティロスは嫌というほど知っているのだ。
「カスティロス様!」
村長代理のハノエがにこやかに出迎える。
最初の頃はエルフ特有の匂いがキツくて、近寄れなかったのだが、五月から贈られたハーブの匂い袋を持つようになってから、獣人たちも匂いを気にしなくなった。
「大変だったようですね」
「ええ……特に五月様が。どうぞ、まずは我が家に」
カスティロスは仲間たちに後を任せると、一人だけ部下を連れてハノエの屋敷へとついていく。
あまり広くはないものの、応接間の落ち着いた空間に、カスティロスも少しだけホッとする。
「ネドリ殿はお忙しいようですね」
「そうなんですよ」
ネドリは、エイデンと共にドワーフの国に行っていると、ハノエは苦笑いを浮かべながら言う。
「なんでまた」
「フフフ、まぁ、これを召し上がってみてください」
事前に用意してあった瓶から、グラスに黄金色の液体が注がれる。
「どうぞ」
にこやかに勧められた上に、黄金色の液体から香る芳醇な匂いに、カスティロスも否やがあろうはずもなく。一口、口に含んでみる。
「……!? なんですか、これはっ!」
「凄いでしょう?」
「凄いなんてもんじゃありませんっ! これはワインですかっ!」
「ええ。五月様のお植えになった葡萄から作りましたワインです」
「ああ、なるほどっ!」
味わうようにゆっくりと飲み干すカスティロス。
「……これは素晴らしいですね。是非とも、レィティア様に……いや、我が王に献上したい一品ですな」
「まぁ。ありがとうございます。元々、多くは作ってはいなかった物なので、2本しか確保できていないんですが」
「え、では」
「ええ、ぜひ、お持ちになって下さい」
「いえいえ、こちらは、ちゃんと買い取らせていただきますよ」
想像以上の値段で買い取られたことに、ハノエも驚いていたが、その値段でも足りないと、カスティロスは思っている。
試飲をしながら鑑定した結果に、咽なかった自分を褒めたいと思うカスティロス。
――『聖女の育てた葡萄』のワイン。それも『極上』ときている。
それに、精霊の光の残滓の多さに、顔が強張りそうになる。どれだけ精霊たちが力を込めたのか。考えただけでも恐ろしい。
その結果が、ワインの非常識な効能。
――1本飲んだら1年若返るとか、マズイだろう。
エルフやドワーフなどの長命種にとっての1年など、些末な時間ではあるが、獣人や人族の1年はけして短い時間ではない。
カスティロスは、チラリとハノエに目を向ける。
前に会った時よりも、肌艶がいいようにも見える。特に髪は、あんなに艶々だっただろうか?
「今年はあまり本数を作ることが出来なくて、来年はもう少し葡萄を増やす予定なんですよ」
「で、では、ぜひ、来年はたくさん買い取らせてください!(これは王だけではなく、姫様たちが欲しがりそうだ)」
「そうですね。でも、来年はワインではなく、別のお酒が出来ているかもしれませんよ。なにせ、ゲインズ・アルコ様が村にいらっしゃるかもしれないので」
――『火酒』のゲインズ・アルコだと!?
ニコニコと笑うハノエの言葉に、カスティロスは絶句した。





