<マカレナ>
まだ日が昇る前の薄暗い中、マカレナとブルノは五月に貰った大きめなブリキのバケツを2つ持って、牛たちのいる厩舎の方へと歩いていく。
静かな牧場に、ガランガランとバケツの音が響く。
「おはよう」
「おはよー」
ブモォォォッ
厩舎の中に入ったマカレナたちの挨拶に、雄牛が返事をした。それが毎日の日課になっている。
雌牛たちも彼女たちがくるのを待ち構えていたかのように、のそりと立ち上がり、搾乳する場所へと歩いてくるが、子牛たち(といっても、すでにけっこう大きくなっている)はまだ眠いのか、起きてもこない。
「ブルノ、餌をお願い」
「わかった!」
ブルノは厩舎脇に置いてある小さな猫車(ブルノ専用)を取りに出ていった。
五月製の厩舎のおかげで、掃除などの手間がかからないので、マカレナとブルノ、それに狼獣人のゲハの3人でもなんとかなっている。
ジュッジュッという小気味いい音とともに、牛乳がブリキのバケツの中へと溜まっていく。
「マカレナ、おはようさん」
「あ、ゲハさん、おはよう!」
ゲハが、枯れ草を山のように載せた大きな猫車を押して現れた。
「ねーちゃん、持ってきた!」
ゲハの後ろから、小さな猫車を押してブルノもやってきた。
そこからは、3人がそれぞれに無言で作業に入る。マカレナは搾乳、ゲハとブルノは餌やりにブラッシングだ。
バケツ2つ分の搾乳が終わるころには、外はすっかり明るくなっている。
「今日は、五月様のところに届ける日だな」
「うん!」
五月のところへの配達は3日に1回。2リットルほどの白地の瓶(ヨハン製)1本を、マカレナとブルノで配達をしているのだ。
最初、牛乳を飲むのは五月だけだったが、今では村人たちも時々買いにやってくるようになった。
「今日は、バターを作る日なのよ」
「ほお。そいつは楽しみだな」
「うん!」
バケツから白い瓶へと牛乳を移す。それを五月から貰ったリュックの中に入れたら、ログハウスへと出発だ。
「おはよう!」
ちょうど鶏小屋から卵を採ってきた五月と出会ったマカレナとブルノ。五月の持っているカゴは、大きな卵が山盛りになっている。
「おはようございます!」
「おはよー!」
「朝ごはん、食べた?」
「まだー!」
マカレナが答える前に、ブルノが大きな声で返事をしてしまった。
「ま、まだです……」
小麦色の肌が、少しだけ赤味をおびている。
「よし、じゃあ、一緒に食べようか。あ、牛乳はそこのテーブルに置いといて」
「は、はいっ」
マカレナは東屋のテーブルの上に、牛乳の瓶を載せる。
いつも配達に来るたびに、五月から朝ごはんをご馳走になっていて、申し訳ない気持ちになるのだが、ブルノはそこまで気にはしていないようで、暢気に、敷地に植えてある果樹を見て周っている。
「あっ!」
ブルノはリンゴの木の下で声をあげた。
「どうした~」
ログハウスから、おかずの載ったワンプレート皿を両手に持った五月が現れた。ロールパンにソーセージとスクランブルエッグ、くし切りにしたトマトにスライスしたキュウリ。
マカレナたちが来るのを見越して、用意してあった物だった。
「さつきさま~、りんご、とっていい?」
「あ、もう生ってるのある?」
「うん! 赤くなってるのあった!」
ブルノは目をキラキラさせながら、指さしているのは、ちょっと高いところになっていた。
「あー、あれは、ちょっとブルノでは無理じゃない?」
「えー」
木登りはそこそこ得意のブルノだったが、五月に言われた通り、赤くなっている実はちょっと高いところにあった。
「(うん、じゃあ、お願いね)ブルノ、そのまま木の下にいてくれる?」
最初、五月が小さい声で呟いたあと、ブルノに指示を出すと、ブルノも大人しく木の下で立ち止まる。
「よし、赤いの1個だけ落としてもらうから、そこで受け取ってね……(お願い)」
「え? ……うわっ!」
五月の言葉通りに、1個だけ落ちてきたのを慌てて受け止めた。
「それ、デザートにしようか」
「うんっ!」
五月の言葉に、ブルノは大きく返事をすると猛ダッシュで戻ってくる。
「食べ終わったら、バター作るわよ」
ニコッと笑った五月に、マカレナは期待に胸を膨らませ、大きく頷いたのだった。





