<オババ>
ゴリゴリゴリ
すり鉢で乾燥した薬草をすっているのは、御年80を超えるオババ。狼獣人の中では最年長にあたる(ちなみに、モリーナとは同世代)。
オババの家は、前の獣人の村から五月が運んできたモノだ。古い造りだけに、普通なら薄暗いのだが、魔道具職人見習いのモリーナが作った灯りの魔道具のおかげで、だいぶ明るくなっている。
村を捨てる時に、家も、その中にある物も捨てるつもりでいた。
しかし、そのまま家ごと新しい場所に来られたことに、五月に対する思いは感謝という言葉では言い尽くせないものがあるオババである。
家の中は、乾燥させている様々な薬草がぶら下がっている。少し前までは以前の村の周辺で採れた薬草がほとんどだったが、今では、新しい村の周辺で採られる物へと変わっている。
「オババ、みずやり、おわったよ」
「おー、ありがとねぇ」
玄関先から声をかけてきたのは、孤児院で暮らしているガーディ。彼女の背中には、ニコニコ笑顔の赤ん坊のローがいる。
彼女の手にあるのは、五月から貰った子供用の黄色い如雨露だ。
オババの家の前にある小さな薬草畑には、前の村の近くに生えていた薬草をいくつか移植したのだ。
「あと、おてつだいすることはある?」
「そうだねぇ……ああ、五月様のところの『みんと』の葉を採ってきてくれるかい?」
「はーい」
「だー」
孤児院の子供たちは、毎日交代でオババのところに手伝いにくる。
小さい子たちは水遣りに、大きな子たちはオババの作業の手伝いに。中でも年長のリンダ(14才)は、薬師の仕事に興味があるのか、ほぼ毎日顔を出している。
「オババ!」
「おや、リンダ。どうした」
走ってきたのか、汗をだらだら流した上に、顔が真っ赤だ。
「さ、五月様から、これ、渡されたのっ」
リンダの手には白い大きな手提げのビニール袋。こちらにはない素材にも、それほど驚かなくなった。中をのぞきこむと、オババには馴染みの薬草の苗が入っていた。
「どれどれ……おや! ブラッドシードの苗じゃないかい」
血のように暗い赤い茎から、真っ赤な葉が生えているそれは、大量の血を流すなど、貧血になった時に使う薬に必要な薬草だった(ちなみに、甘い小さな実が生る。その実も鉄分が多く含まれている)。
「この辺りじゃ見かけなかったから、前の村に探しに行ってもらおうかと思ってたところだよ」
最近は大きな怪我をするような者もいなかったので、多く消費することもなかったが、そろそろ在庫が怪しくなっていたところだった。
「前の畑を広げないとだねぇ」
「だったら、マークを呼んでくるわ!」
「おや、助かるよ」
よっこいしょ、と立ち上がり、外へ出る。家の前の薬草畑は、緑一色だ。
「端の方に畝を二つ、作ってもらうかね」
リンダの置いていったビニール袋の中には、黒ポットに入ったブラッドシードの苗が10個入っている。
「そうだ。ヨハンさん(ドワーフ)に、保存瓶を頼まないと……何本くらいお願いできるかねぇ」
オババは思案顔で、水滴でキラキラする薬草に目を向けた。
* * * * *
ビニール袋の周りを、土の精霊たちが飛び回る。
『おい、こいつらはかなりの「まりょくぐい」だな』
『あのこたち(薬草)のまりょくもとっちゃうかも』
『だれか、おばばにおしえてやれよ』
『おばばだってしってるだろ?』
『わかんねーぞ。どわーふにいたな、おれたちのことばがわかるやつ。そいつをよんでこいよ』
『わかったー』
ドレイクが慌ててオババのところに駆けてきたのは、ちょうどマークたちが鋤を担いでやってきた時だった。ギリギリセーフである。





