<ゴンフリー侯爵家>(2)
エミリア・ゴンフリー侯爵令嬢は、不機嫌そうな顔で馬車に揺られている。
ホワイトウルフを狩りに行った護衛たちが、なかなか戻ってこないからだ。隣に座る侍女からは、すぐに帰ってくると聞かされていたのに。
「きっと、後から戻ってきますから」
そう言ってご機嫌を伺うのは、ヘンリック・マルムロス伯爵令息。
「うん? 誰か乗り遅れたのか?」
暢気に聞いてくるのは、ユリウス・レミネン辺境伯令息。
「……はぁ」
エミリアは、窓の外へと目を向けるふりをしながら、ガラスに映る自分自身の姿をチェックする。
――なんで、殿下は、こんなに美しい私に靡かないのかしら。
バラのように赤い髪を指先でくるりくるりと巻きつつ、チラリと前に座る2人へと目を向ける。明らかに崇拝の眼差しを向けるマルムロス伯爵令息と、よくわかっていない顔で首を傾げているレミネン辺境伯令息。
そもそも、エミリアは、ゴンフリー大司教の息子(愛人のシスターとの間に出来た子供)の子供、大司教の孫にあたるのだが、流行病で両親が亡くなったと同時に、ゴンフリー侯爵家に引き取られたのだ。
この赤い髪は実母譲りであり、自慢の髪である。実母は町でも有名な器量よしで人気者だったのを、遊び人の実父が上手いこと引っ掛けたのだ。そんなことはエミリアは知らない。
――あの白い毛皮、絶対、私に似合うはずよ。
――そうだ。たくさん狩ってきたなら、大司教様にも差し上げよう。
いつまで経っても戻ってこない護衛たちに苛立ちながらも、白い毛皮を羽織る自分と大司教の姿を想像して、ニヤリと微笑む。
ガタンッ
「きゃっ!」
「お、お嬢様っ」
急に馬車の揺れが激しくなる。馬車のスピードがあがったようだ。
侍女がエミリアを庇うようにしながら、窓の外へと目を向ける。
「ど、どうしたのだ」
慌てるマルムロス伯爵令息をよそに、レミネン辺境伯令息は、窓に張り付き外を確認する。並走している護衛たちの顔が、酷く強張っているのが見える。
「盗賊か何かか。だったら、俺も出るぞ」
「なんですって!?……きゃぁっ!」
「きゃぁっ」
「ぐほっ!?」
ガクンッと急に馬車が止まり、侍女に庇われながら座っていたエミリアは、前にいたマルムロス伯爵令息へと侍女ごと体当たりしてしまう。
激しい馬の嘶きと、護衛たちの怒鳴り声。そして。
ゴゴゴゴゴゴッ
何かが勢いよく向かってくる音。
「いたたたっ……どうなってるの……えっ」
窓に目を向けると、そこに見えたのは蠢く蔦。
「ひぃっ!」
その気持ち悪さに、悲鳴をあげる。
「つ、蔦?……まずいぞ。このまま、閉じ込められる」
「な、なんだって」
レミネン辺境伯令息が、ガンガンっと必死にドアを開けようとするが、びくともしない。
「誰かっ! 誰かいないかっ!」
外から、馬の嘶きと、護衛たちの怒鳴り声がずっと聞こえている。
「な、何が起きてるのっ」
「大丈夫です、僕たちがついていっ……エ、エミリア嬢!」
「お、お嬢様っ!」
「えっ」
令息たちと侍女の驚きの声に固まるエミリア。
蔦の間から漏れる光に、エミリアの髪と顔の色が照らされる。
美しかった赤い髪は老婆のような白髪に、白く艶やかな肌はグレーの斑模様が浮かんでいる。
「い、いやぁぁぁぁっ!」
エミリアは白くなった髪を握りしめ、叫び声をあげる。その右手には、赤黒い宝石をいくつも並べた金色に輝く腕輪。その宝石から、黒い靄が次々と溢れだし、馬車の外へと流れでていくが、誰もそれには気付かない。
* * * * *
荒野の道に、蔦に絡めとられた馬車が4台。
護衛たちは必死に蔦を取り払おうとしているが、びくともしない。
その馬車の4台目。最後尾の馬車から、大量の黒い靄が溢れ、上空へと昇っていく。
『はいはーい。むかうのはあっちねー』
『こらー、やまのほうじゃないって』
『そうそう。おうとはあっちー』
『まったく、どんだけ、きゃさりんをのろいたいんだ』
『おかしーよねー』
『ねー』
『それに、あのうでわ、あのむすめのフのかんじょうだけじゃないでしょ』
『ばしゃのなかのにもつもよ。あんなぶっそうなつぼ、もちはこぶなんて』
『ひとってこわーい』
『こわーい』
そう言いながらも、キャッキャッと楽し気に飛び回るのは、光と風の精霊。
『ほら、さっさと、おうとへつれていけよ』
『そうだよ、これ、くさすぎるっ』
小さな鼻をつまんで文句をいうのは土の精霊たち。
『わかってるわよー』
『さぁ、さっさと、しょあくのこんげんのところへ、とんでいけー』
ビューンっという強い風とともに、黒い靄が王都の方へと飛んでいく。
飛んでいく先は……ゴンフリー大司教。
エミリアは、侯爵家に引き取られる前に、大司教の元で教育を施されています。
それがどんな教育かは……ご想像にお任せします(;´Д`)





