<ゴンフリー侯爵家>(1)
それはまだ日の高い時間。
王都にあるゴンフリー侯爵邸で突如として起こったことだった。
ゴゴゴゴゴゴッ
近隣の家々から、何事かと多くの人が様子を伺うと、凄まじい音と共に、豪華なゴンフリー侯爵邸が太い蔦のような植物に包まれていっている。
「な、何が起きてるっ」
執務室から飛び出してきたのは、ゴンフリー侯爵。
40代前半で、ゴンフリー侯爵家特有の黒髪に物腰の柔らかそうな顔なのに、目にはギラギラとしたモノを隠し持っている。そんな彼は、叔父であるゴンフリー大司教によく似ていた。
「わ、わかりませんっ」
「とりあえず、一旦外へ」
使用人たちの慌てふためく叫び声が、あちこちから聞こえてくる中、ゴンフリー侯爵の護衛たちは冷静に階下の玄関へと向かう。
『何事です!』
『奥様!』
甲高い侯爵夫人の声に、侯爵は苛立ちを隠せない。
養女にエミリアを迎えてから、やたらと騒々しくなった。エミリアが髪色以外は侯爵と似た顔立ちをしていることもあって、隠し子ではないか、と疑っているからだ。
しかし、それどころではなかった。
「ド、ドアが開きませんっ!」
執事の一人が、玄関のドアを開けようとしてもびくともしない。
「くっ、父上の武器部屋に斧のような武器があっただろう、それを持ってこいっ!」
前侯爵の趣味で集めた様々な武器をおさめた部屋から、護衛の一人がバトルアックスを持ってきて、ドアを破るべく、激しく叩く。
なんとか隙間が出来たところで外を覗こうとしたが、太い蔦の幹しか見えない。
「だ、旦那様っ、調理場の勝手口も塞がれてしまいましたっ」
「どうなってるんだ……と、とりあえず、叔父上に、叔父上に連絡をっ」
ゴンフリー侯爵は、再び、執務室へと駆け戻る。
真っ暗闇の中、なんとか室内灯を点けると、机の中から掌サイズの水晶のような伝達の魔道具を取り出した。両手を差し出し、魔力を注ぐ。
「叔父上……叔父上……」
しかし、いつまで経っても水晶は透明なまま。
「どうなっているっ!」
「だ、旦那様……ひぃっ!」
執事が開け放たれたドアから、侯爵に声をかけようとして、叫び声をあげる。
「なんだ、オルクスッ」
「あ、うっ、か、鏡を、鏡をっ……」
青ざめた顔の執事の様子に不安に感じながら、室内に飾ってある小さめな鏡へと顔を向けた。
「な、な、なっ」
鏡に映る自分自身の姿に、ゴンフリー侯爵は、それ以上の言葉が出ない。
黒々としていた髪は真っ白に、白かった肌が、グレーの斑模様へと変わっていたのだ。
『キャーッ!』
呆然としていると、甲高い叫び声が聞こえた。
『奥様、奥様っ!』
『いや、いや、いやぁぁぁぁっ!』
慌てて、侯爵夫人の声が聞こえる方へと向かうと、廊下の途中、大きな姿見のある場所。そこには、侯爵同様に髪が真っ白になり、肌が斑になっている侯爵夫人が倒れていた。
「どうなってるんだ……」
侯爵の呟きに、答えられる者は……。
* * * * *
『じごうじとくだよねー』
『ちゃんと、きょういくしなくちゃだよねー』
『あ、にわのきもそだてとく?』
『いいねー』
土の精霊たちの暢気な声が響いてくが、それを聞く耳を持つ者はいない。





