第419話 口は禍の元?
ログハウスの厩舎の中で、ウノハナはスース―と寝息をたてて眠っている。
「間に合ってよかったよ……」
敷地に入ってすぐ、ウノハナの身体から立ち昇っていた黒い瘴気は消えた。
そして、池の水で必死に黒ずんだ毛を洗い流すのだけど、それでもしぶとく残る濃いグレーの毛(お風呂の黒カビかよ!と叫びそうになる)とグレーに変わっている地肌。
そんな中、一瞬意識を取り戻したウノハナ。毛を洗っている私の代わりにキャサリンたちに頼んでブルーベリーの粒を飲み込ませて、ようやく地肌の色も戻り、本来のホワイトウルフらしい白い毛に戻った。
戻ったのだが。
「……これは、ウノハナ的には恥ずかしい状態だったりするのかな」
『……しばらくは、ここに籠らせていただければと』
シロタエも、シンジュも頭を下げて、ウノハナの下半身から視線を外している。
「だよねぇ」
単純に黒い毛が白い毛に戻っただけならよかったのだけれど、実は黒い毛は抜け落ち、しぶとく残ったグレーの毛が白くなった。それも痩せ細った白い毛に。
……小型犬のサマーカット。それも下半身だけの状態。
自分の汗を拭いながら、痛々しいその姿に、顔が歪む。
「栄養のある物食べて、早く生えてくるといいねぇ」
寝ているウノハナの頭を撫でながら、ムクは入れちゃダメだな、と思った。絶対、あの子は揶揄いそうだもの。
『五月様、エイデン様たちがいらっしゃいました』
「エイデンが?」
厩舎から出ると、エイデンとビャクヤが他のホワイトウルフたちと一緒に、ちょうどこちらに向かってくるところだった。
「ウノハナは大丈夫か」
「うん、今、中で寝てる。あー、できればビャクヤだけがいいかな」
『……わかりました。お前たちはここで待て』
「……どうしたのだ?」
「うん……」
ちょっとこの場で話すのは、乙女の尊厳的に憚られる。
しばらくして、ビャクヤが出てきたけれど……うわー、凄い怒ってるってわかる。
『エイデン様、あ奴らを殺してきてもよろしいか』
「……ネドリに言われたであろう」
『くっ!』
親としては、あの姿は許せないってことなんだろう。わかる、わかるよ!
「それよりも、ウノハナをあんな姿にさせたのってどこのどいつ」
「あのメスガキのところの人間だ」
「メスガキって……ベタベタ、じゃなくて、なんとか侯爵令嬢だっけか」
「ああ」
正確には、ベタベタ女が王都から連れてきた護衛たちだった。
冒険者の格好をしてはいたが、侯爵家の紋の入ったナイフを持っている者がいて、わかったらしい。バレないとでも思ってたのだろうか。
ベタベタ女たちがケイドンの街に戻る途中、出迎えた私のそばにいたビャクヤたちのことを思い出したのか、馬車の中でぼそりと言ったらしい。
『あの毛皮、欲しいわねぇ』
その言葉に、側仕えの者が、すぐに命じたらしい。『狩ってこい』と。
「馬っ鹿じゃないのっ!」
「ああ、馬鹿だな。襲ってきた奴らのほとんどは、返り討ちにあったようだ」
「……本当に馬鹿だわ」
「今頃、ネドリが生き残った者たちを、王太子とやらの元に連れて行っているはずだ」
「連れてってどうするの」
「……王家に恩を売っておく? とか言ってたかな」
「恩になるの、それ」
「わからん(さっさと国ごと潰してしまえばいいものを)」
「……なんか、物騒なこと考えてない?」
ぴゅーぴゅーと変な音をたてて口笛を吹くエイデンに、思わず笑ってしまう。
「……まったく、どうやったらあんな子供に育つんだか。親もろとも、一度、酷い目にあえばいいのに」
『わかったー!』
『ひどいめ、あわせてくるー!』
『まかせてー!』
精霊たちが嬉しそうに飛び出していく。
それはもう、まるで花火大会の花火のように。
「え、え、えぇぇぇぇぇっ!?」
「……フフフッ、五月の許しが出たんだ。皆、張り切ってるぞ……では、俺も」
「いや、まさか、ちょっ、エ、エイデンはダメよっ!」
こいつが行ったら、世界崩壊しかねないっ!
私は思わずエイデンの腕にしがみついた。
「……ふむ。五月が言うなら仕方あるまい」
見上げてみると、なんかニヨニヨとご機嫌な顔。
ホッとため息をついた私。
……精霊たちよ、ほどほどに、ほどほどに頼むよ。





