<王太子と王家の影>
キャサリンが宿舎でスヤスヤと寝息をたてている頃。
王太子アラン・コントリアは、宿舎の王太子用の部屋で、王家の影からゴンフリー侯爵令嬢たちのその後について報告を受けていた。
「さすがにケイドンまでは辿り着かなかったか」
「はっ、4台の馬車ともなりますと」
「やたらと荷物を載せていたようだしな……本当に荷物なのか怪しいところだが」
「……すでに5人ほどが、この宿舎の敷地に入る前に、ホワイトウルフたちに仕留められているようです」
「ははっ、さすがだな」
ベッド脇の小さなテーブルの上に置かれた小皿の果物に目を向ける。
「本当にここは、イグノス神の認める『聖なる土地』なのだろうな……村人しかり、この果物しかり」
一粒手に取り、口の中に放り込む。甘酸っぱい果汁が口の中に広がると同時に、疲れがとれていくのを実感する。これがただの果物ではないことは、キャサリンからも聞かされている。
この土地の食べ物には、何かしらの力が宿っているだろうと。
「不思議なものだ……」
「……しかし、あのように出入りのできる結界は初めて見ました」
「確かにな。普通は一度出てしまえば、結界を解かない限り入れないのだが……破ろうとするなよ。リョークは吹き飛ばされただけで済んだが、何が起こるかわからん」
「はい、目の前で飛んでいったのを見て、後を追うのを止めました」
叔父であるオーケルフェルト公爵から、契約書を破棄しようとした神官に、室内にも関わらず雷が落ちたという話を聞いていた。
だから決して、あの村を、そしてサチュキ・モチヂュキを軽んじてはならないと言い含められてきた。
キャサリンの恩人ということもあり、そんなつもりは最初からなかったが、自分の目で確かめたいとは思っていた。
実際会ってみれば、想像していたよりも若い女性だったのには驚いた。
しかし、種族の異なる村人たちからも敬われ、キャサリンたちも懐いている。その上、魔物の中でも上位のホワイトウルフまで、従わせている。叔父の言葉はなくとも、下手なことはできないと思った。
そして、何より、彼女の背後に立っているエイデンの存在。
王太子は村から出る間際に、エイデンから言われた言葉を思い出す。
『村人のことは他言無用だ。一言でも喋ったら、《《二度と喋れないようにしてやる》》』
エイデンが『古龍』であることは、キャサリンから聞かされていた。それも、黒くて大きなドラゴンであった、と。
そして、サチュキ・モチヂュキに、猛烈に執着しているという。
実際に目の前にしたエイデンは、自分の周りにいる護衛たちと変わらないか、少し大きいくらいの、ただの人の姿だったし、ゴンフリー侯爵令嬢を喋らせないようにしたのも、魔術師たちが恐れて近づけなかったのも、ただ秀でた魔力のある人間なのでは、と疑ってしまった。
しかし、彼が忠告してきた時、彼の黒い瞳が、金色の蛇のような瞳に変わったのを見て、ようやく、エイデンはただの人間ではないのだと、恐れを抱いたのだ。
「……この村とは、友好的であらねばならん」
「御意」
「問題は、教会の上層部とゴンフリー侯爵家か」
王太子は苦々しい顔を浮かべた後、果物ののった小皿を手に取り、影へと差し出す。
「……これを、他の者にも分けてやれ」
「ありがとうございます」
影は皿を受け取り、そのまま部屋から出ていこうとして、ドアの前で立ち止まった。
そのタイミングで、ドアがノックされたのだ。
「誰だ」
『ディルクです!』
「入れ」
ドアが勢いよく開き、ディルクが入ってきたが、彼には影の存在に気付かれていない。影には主たる王家の者にしか姿が見えないという魔道具をはめているのだ。
そのまますれ違い、影はひっそりと出ていく。
「殿下! キャサリン様から頂いた『すとらっぷ』なるものですが!」
「なんだというんだ。ディルクらしくもない」
興奮気味のディルクを見て、思わず笑う王太子であった。





