<キャサリンとサリー(とサリー母)>
虫の音が微かに聞こえてくるここは、五月が作った宿舎の一室。
「……素敵」
何度もミサンガを撫でてはため息をついているのはキャサリン。
「お嬢様、そろそろお休みになったほうが」
「わかってるわ、マリアン」
今回の訪問で侍女としてつれてきたのはサリーの実母で侍女のマリアンのみ。サリーはまだ見習いなので、マリアンの手伝いをするだけだ。
「サリーのも見せてちょうだい」
「はい!」
嬉しそうにキャサリンの目の前に左手を差し出す。そこには青系のミサンガが巻かれている。
「……同じような物が露店にもあると、ディルク様が仰ってたけれど、失礼よね」
「失礼です!」
「ディルク様は乙女心がおわかりにならないのでしょう」
クスクスと笑いながら、茶器を片づけるマリアン。
荒地の村に向かうと聞かされていたマリアンだったので、食料などの準備をしてきたのだが。
――まさか、こんなに豊かな土地になっているとは思いもしなかったわ。
村人から野菜や魔物の肉、牛乳などの差し入れを渡され、その質の良さに、今回着いてきた料理人が驚いていたのを思い出す。
それに、この宿舎。野営になるのを覚悟していたので、建物の中で休めるだけでもありがたいことだったのに、王家と公爵家が借りた大きな宿舎には、しっかりしたベッドに、室内に水場や風呂、トイレまでついていたことには驚いた。
「ねぇ、サリー」
「はい、お嬢様」
「エイデン様、だいぶ表情が柔らかくなってたと思わない?」
「フフフ、五月様のこと、デレデレな顔で見てましたね」
「お二人とも、前よりも仲良くなってたし」
二人の言っている『サチュキ様』の姿を思い出すマリアン。
娘たちを公爵と共に迎えに行った義弟のデイビーが、不思議な力を持った女性だとしか言っていなかったが、実際に会ってみて、朗らかで優しい感じの女性だと思った。むしろ、彼女の背後で守るように立っていた『エイデン様』の方が、恐ろしく感じた。
クロンメリン卿以外、子供たちだけで村の中に入っていくことになった時は、『エイデン様』の威圧に誰も何も言えなかったのだ。
しかし、出てきたときの子供たちの顔つきから、とても楽しく過ごせたのだろうと思い、ホッとしたものだ。
「さぁさぁ、明日も早くから行かれるのでしょう?」
「そうだったわ! 明日は、五月様の家に行かせていただくの!」
「ハクとユキの妹弟に会わせていただくのですよね!」
ふかふかの布団に潜り込むキャサリン。
「ふぅ……エミリア様たちがいらした時はどうなるかと思ったけれど……フフフ、今日はゆっくり眠れそうね」
「はい。お休みなさいませ」
ランタン(灯りの魔道具)の灯りを消すと、マリアンたちは部屋から出ていった。
* * * * *
すっかり深い眠りに入っているキャサリンの腕のミサンガの周りを、火の精霊たちが、ふよふよと浮かんでいる。
『はやく、おれたちにしごとをくれ!』
『まぁ、まぁ。このおじょうさんを、しっかりねむらせてやりなよ』
『そうよ、ほら、こんなにちいさいのに、めのしたにくまができてる』
『さつきさまのおきにいりだ。きずひとつつけさせないぞ!』
『……おや』
微かに人の叫び声が聞こえたが、キャサリンを起こすほどのものではない。
『どっかのばかが、ホワイトウルフにやられたようだな』
『ばかだな』
『ばーか、ばーか』
『それにしても』
火の精霊の一人が、窓際で外の様子を伺う。
『なんだ、あのきもちのわるい、くろいもやは』
『このいえのまわりだけか?』
『たくさんひとのいるほうからながれてきてるな……あ、でもいえのなかにははいってこれないみたいだな』
『さすが、さつきさま』
『さすがー』
『だなー!』
イェーイ、と楽し気に踊る精霊たちなのであった。





