<エイデンとネドリ、獣王国>
場所は、獣王国の王城。謁見の間。
本来、玉座に座るは、その国の王のはずだが、そこに座っているのは無表情ながらも怒りのオーラを発している人の姿のエイデン。黒髪に黒い瞳、黒づくめの鎧。見る者によっては、まるで『魔王』のように見えるだろう。
そして、その両隣に立っているのは、元Sランク冒険者のネドリと部下のドンドン。
「王よ、お前に選ばせてやる」
冷え冷えとした言葉が、謁見の間に響く。
謁見の間、とはいいつつも、天井は見事に破壊され、青い空が見え、何かに潰されたように破壊された王家の紋の入った馬車が転がっている。
その場には、他の高位貴族たちもいたが、エイデンの威圧に耐えられる者はおらず、全員、膝をついており、その中には当然、ビヨルンテ獣王国国王と王太子もいた。
「そこのブタネコの記憶を無くすか、殺すか……それとも、国自体を滅ぼすか」
ブタネコと呼ばれたのは、末の姫、エリザベス・オル・ビヨルンテ。あだ名の通り……見事な体格をしている。
獅子族特有の黄金の髪はぐしゃぐしゃに乱れ、口には猿轡、両手は後ろ手に縛り上げられている。エイデンの言葉はまったく耳に入ってこないのか、彼女の熱くどろりとした視線はネドリに向けられ、この威圧の中であっても、ネドリの元へと芋虫のように這ってこようとしている。
彼女は五月たちの村へと向かう途中、まだ獣王国内の街道を馬車で走っているところを、古龍の姿のエイデンに馬車ごと捕まり、王城まで連れてこられたのだ。
「……き、きおくを」
国王の呻くような声に、エイデンは鷹揚に頷くと、濃い紫色をした液体の入った小瓶を取り出した。それを受け取ったドンドンは、エリザベスの元へと向かう。
猿轡を外されたとたん、「ネドリ様ぁ!」と猫なで声で叫ぶエリザベスだったが、ドンドンにそのまま空になるまで薬を飲まされ、ゴホゴホとむせる。
「な、何を飲ませっ……あ?」
一瞬、エリザベスの怒りの視線がドンドンに向くが、ぐるりと白目を剥いて倒れこむ。
「エ、エリザベス!」
国王の焦った声があがるも、身体を動かすことができない。
「……2、3日もすれば目覚めよう」
スッと立ち上がるエイデン。
「今後、ネドリに連なる者への手出しは無用。ギルドの依頼も取り下げるよう。もし、万が一があれば……覚悟をしておくのだな」
ギロリと睨むエイデンの黒い目が、一瞬、ぎょろりとドラゴンの目に変わり金色に光る。
「は、はひっ!」
国王はなんとか返事を返したものの、そのまま泡を吹いて倒れこみ、それを抱える王太子。
「……フンッ、この程度で……王位は王太子に譲った方がいいのではないか」
エイデンの言葉に、サッと顔を赤くする王太子だったが、その場では何も言わず、頭を下げ続ける。
「ネドリ、ドンドン、戻るぞ」
エイデンはそう言うと、2人を連れて悠々と謁見の間から出て行くのであった。
* * * * *
エイデンたちが獣王国から去った翌日には、王位は王太子へと継承され、前国王は我儘姫とその母である側妃とともに、彼女の所領地へと隠居することとなった。
その我儘姫であるが、エルフの薬師によって作られた薬は、なかなかに強力だったようで、一気に赤ん坊の頃まで記憶が消されてしまっていた。
「あー、うー」
「なぜ、こんなことに……」
薄暗い部屋で、喃語を喋り続ける我儘姫の姿に、頭を抱える前国王の悲痛な声が響いた。
ちなみに、王太子と我儘姫は母親違いです(10歳違い)。
父親である国王が我儘姫ばかり可愛がって、色々と融通を効かせていることを、忌々しく思ってました。





