第386話 孤児襲来
寺子屋(と勝手に言っている)が出来たということは、当然、教会も建築完了している。
村人の多くがイグノス教を信仰しているわけでもないこともあって、教会を利用することがないので、かなり教会としては小さめの大きさにしたらしい。ケイドンや他の街の教会を見たことないので比較のしようがないけど、私には十分大きく感じた。
教会ができれば、司祭様も教会に併設されている居住スペースにお引越し。しかし、司祭様が一人で身の回りのことができるとは思えないということで、村人たちが順番で世話をしにいってくれている。司祭様も、すっかり、村人と馴染んだようだ。
ちなみに、一応、イグノス教というだけあって、礼拝堂にはイグノス様の姿の像も飾ってある。
当然、遮光器土偶。土偶と言ってるのは私だけで、像自体は木造のようだ。
司祭様が持ってこれるくらいの大きさなので、さほど大きいものではない。腕で抱えられる程度。
……見るたびに、うーん、と唸ってしまうのは、許してほしい。
司祭様は午前中にガズゥたちの勉強を見ると、教会へと戻っていく。
一人、村の外に出ていく後ろ姿をちょっとだけ気の毒に感じ始めたころ、また、ケイドンの街から荷馬車がやってきた。
たまたま、司祭様へと山の中の桜並木に生り始めたサクランボを差し入れしに来た時だった。
その荷馬車に乗っていたのは、着古してボロくなった服を着た子供たち。
「院長先生っ!」
「先生っ」
「せんせー」
ぞろぞろと荷馬車から降りてくる子供たちは、総勢13人。
見た感じ、一番年上の子でも10歳くらいだろうか。小さい子は、まだ抱っこ紐で背負われている。
子供たち全員が司祭様の周りに集まってビービー泣くわ、抱きつくわ。なかなか激しい。
「ど、どうしたのです……ゲイリー、どういうことです」
荷馬車の御者は、この前、司祭様を送ってきた男のようだ。
「ピエランジェロ様、すんません。マリア様からお手紙をお預かりしておりますんで、まずはこいつを」
司祭様は渡された手紙を読むと、最後には目を閉じ、大きなため息をついた。
「……まさか、そんなことに」
「どうしたんです?」
「……私は、教会に併設していた孤児院の方も見ていたのです。しかし、こちらに移ることになり、副院長のシスターに後を任せて来たのです」
そのシスターが隣の男爵領の教会に移動することになり、子供たちの世話のできる者がいなくなることもあって、孤児院はそのまま無くすことになったのだという。
子供たちはどうするのよ、と当然思うわけで、どうもどこか別の孤児院に引き取ってもらうとか、養子出すとか、するつもりはないらしい。
ただ、追い出すと。
「は?」
「どうも、私がいなくなってから、人の入れ替えがされたようで、元からいた者は他領へ移動させられて、最後に残ったのがシスターだけだったようです」
「いや、そもそも教会が孤児院無くすとかって、おかしくないですか?」
「……ゲレロ司祭だったら、やりかねません」
「やりかねませんって、教会は弱者救済するような場所ではないのですか?」
司祭様は困ったような顔をするだけで、答えてはくれない。
私が司祭様に少し強く言ったせいか、子供たちの視線が痛い。
「はぁ、それで、この子たち、どうします?」
「そうでした! ゲイリー、他の子たちはどうしたのです?」
え、まさか、もっといたの?
「年長の子らはぁ、俺んとこの農場で預かってまさぁ。まずは、小さい子らを、ピエランジェロ様のところへ連れてけって言うでなぁ」
「そうか、すまんな」
「いや、うちも、今は手が足りなくて助かったんで」
照れたようにぽりぽりと頬をかく御者のゲイリーさん。いい人だ。
「うちの手伝いが終わったら、また連れてくるが、いいだか?」
「サツキ様」
ああ、もう、これ断れないじゃん。
こんな小さい子たちを放り出すなんて、無理だし。
「……はぁ。とりあえず、教会で面倒を見ていただいても?」
「ええ、ええ! ありがとうございます!」
追加で孤児院も建ててもらわないといけないなぁ、と、喜ぶ子供たちを見て、苦笑いを浮かべた私なのであった。
* * * * *
子供たちの周りを、光の精霊がフワフワと飛んでいる。
『あら、このこ』
抱っこ紐で背負われている赤ん坊。本来なら、ふくふくと育っていてもいいくらいなのに、頬がすっかりこけている。目の力も強くない。
その赤ん坊の首に下げられている黒い石から、黒い靄が立ち上がっている。
『こんなのもたされるなんて、かわいそうに。えいっ!』
『のろったやつのところに、とんでけっ!』
一瞬で靄は消え去り、黒かった石は虹色に変わる。
赤ん坊の目が光を取り戻したようだ。
『きれいねー』
『ねー』
精霊たちの言葉に赤ん坊がキャッキャと応え始めたことに、背負っていた子供が驚いた。
『ハゲロのところにとんでったね』
『ハゲハゲ~』
『ついでに、みんなハゲハゲ~』
嬉しそうに精霊たちが空を飛んでいる。
その様子を、五月は「楽しそうねぇ~」と呟きながら見上げていた(彼らの声はよく聞こえなかったし、何をしたかもわかっていない)。
同じ頃、ケイドンの教会のゲレロ司祭の部下たち全員が、髪が抜け落ちる騒ぎが起きる(ゲレロはもう禿げているので変わらない)。
そして、赤ん坊の首に下がっていた黒い石の呪いは……この子を捨てた義母の元へと飛んでいった。その結末は……ご想像にお任せする。





