<ケニー>
軽トラの荷台に乗りながら、ケニーは先程の冒険者たちのことを思い出していた。
最近、我儘姫の依頼を受ける冒険者が増えたという噂が聞こえるようになった。
獣王国の者であれば、我儘姫の噂を知らない者はいない。
ネドリの方を気の毒に思う者がほとんどで、よっぽど金に困っている者でもなければ、あのような依頼を受けようと思う者などいない。むしろ、受けようとした段階で、白い目で見られるのがオチだ。
それをわかっていてなのか、末の姫への甘さからなのか、王家の方からは依頼の取り下げを指示していなかった。それが裏目に出た。
他国出身の冒険者たちが、高額報酬に釣られて、受けるようになったのだ。特に帝国からの冒険者たちの割合が増えているという。
そして、中には質の悪いのもいて、狼獣人というだけで、ネドリとも彼らの村とも関係ないのに、無理やりに聞き出そうとして、酷い目にあっているらしい。
ホワイトウルフたちと別れて、ラルルと二人、オババに頼まれた薬草を探している時に、たまたま帝国なまりの言葉が聞こえてきた。
彼らにしてみれば、声を潜めていたのだろうけれど、ケニーとラルルには容易に聞き取れるくらいの声の大きさだった。
『この先に、妙な土地があるんだったか』
『ああ。なんでも獣人どもは「神の私有地」などと言ってるらしいが、怪しいもんだ』
『でも、誰も中に入れないんでしょ?』
『はっ、奴ら、ちゃんと確認もしないで逃げてきただけじゃねぇのか』
なぜ魔の森の中で奴らがうろついているのか、気になるところではあったけれど、彼らの言葉から、五月たちのいる方へ向かおうとしているのがわかった時点で、急ぎ戻ることを判断したケニー。
ケニーとラルルは視線を合わせ、小さく頷くと、身をひそめながら移動しようとしたのだが。
『おい、何かいるぞ』
相手の冒険者の中に、察知する能力に長けた者がいたようで、二人の存在に気付かれてしまう。
『あれは……狼獣人かっ!』
『おい、ちょっと待て!』
その上、よっぽど目のいいのがいたようで、声までかけてきた。
「急げ」
「うんっ」
森の中を勢いを殺すことなく走るケニーたち。
その後を追いかけてくる冒険者たちは、あまり距離を置かずについてくる。なかなか離すことができないものだから、ケニーも内心焦りだす。
「くそっ、仕方ない。結界の中に戻るぞ」
「いいの?」
「捕まるよりマシだろ」
あえてウッドフェンスから距離を置いて逃げていたのだけれど、そうも言っていられなくなったのだ。
「よし、見えた!」
大きな木製のドアの脇には、エイデンによって書かれた『これより私有地。入山できません』の文字。
ドアを開けてラルルを入れてから、チラリと後ろを見る。
ウッドフェンス沿いに、凄い形相の壮年の男がこちらに駆けてくる姿が小さく見えたが、ケニーはウッドフェンスの中、結界の内側へとするりと身体を入れ、ドアを閉める。
拠点側へと戻るために、今までの進行方向とは逆へと、身を屈めながら走るケニーたち。
そんな彼らの後方で、帝国の冒険者がドアを蹴破ろうとしたようだが、びくともしなかったようで、男の怒鳴り声が聞こえる。その後に、何らかの魔法を使ったようで、反撃をくらったのか、女のくぐもった声が聞こえた。
ドアが無理ならと、ウッドフェンスを越えようと手をかけようとしたようだが、結界のせいで掴めもしなかったようで、『なんだと!?』という、驚きの声が微かに聞こえた時には、すでに五月の元へと辿り着いていたケニーたちであった。
「失敗したなぁ」
軽トラの荷台の上で、体育座りでしょんぼりするケニー。
追いかけてきた壮年の男は、確実にケニーが中に入ったのを確認していた。
そうなると、あの結界が狼獣人と何らかの関係があると、よっぽどの馬鹿でもない限り、考えつくはずだ。
「戻ったら、ネドリ様に相談しなきゃなぁ」
はぁ、と大きくため息をつきながら青空を見上げるケニーなのであった。





