第381話 五月、危うきに近寄らず
緊張した空気の中、何かが勢いよく近づいてくる音が聞こえてくる。
「魔物?」
思わず不安な気持ちが零れる。
『おい、あっちに逃げた!』
『いや、向こうだっ!』
『ちょっと、さっさと捕まえてっ』
聞こえてきたのは、荒っぽそうな男たちの声に、恐そうな甲高い女の声。
こんな魔の森の奥の方まで来るのは、冒険者だろう。
物騒な雰囲気に、無意識にハクのそばに近寄ると、マリンも駆け寄ってきたので、急いで抱き上げる。
ホワイトウルフたちも立ち上がり、臨戦態勢。
すぐにでも飛び出して行きそうなのを、私が視線で止める。
魔物狩りにでも来てるだけなら、こっちから手を出す必要もないから、スルーするのが一番だ。下手にこの子たちが出て、余計なトラブルに巻き込まれたくはない。
『大丈夫だ。サツキの結界が破られることはないからな』
『サツキ、すごいの』
ハクは大きな尻尾で私の背中を優しく撫でてくれるし、マリンは宥めるように頭をこすりつけてくる。おかげで、少しだけ肩の力が抜けた気がする。
「くそっ! あっちに行ったぞ!」
ウッドフェンス近くまで来たのか、男たちの声が一際大きく聞こえた。
前回のオークのこともあって、ウッドフェンスの性能に自信はあったけど、ああいう聞きなれない怒鳴り声を恐いと感じるのは仕方がないと思う。
「エレーナッ、さっさと来いっ」
「わかってるわよっ」
ウッドフェンス越しに何人かが駆けていく音が聞こえた。
その間ホワイトウルフたちは、きちんと大人しくしていたのだから、偉い。
「……ふぅ。びっくりした」
もう誰もいないようなので、マリンを下ろしてあげていると、拠点の入口の方からタタタッという軽い足音が聞こえてきた。
「あれ? お帰り?」
「ただいま戻りました!」
「戻りました~」
現れたのは、ケニーとラルル。少し息があがってる様子に、もしかして、さっきの人達が追ってたのって、二人のことだったりして?
「はー、疲れたぁ」
どさりと腰を下ろすケニー。
「もしかして、さっき追いかけられてた?」
「あ、奴ら、この辺まで来たんですか?」
「げー」
ケニーたちは、まさか相手がここまでついてこれるとは思っていなかったらしい。
「そもそも、あの人達なに?」
「いや、俺たちもわかんないっす」
「急に声をかけてきたんで、時期が時期なんで逃げたら、追いかけてきたんです」
移動中に聞いた、我儘姫のことを思い出して、ああ、と納得した。
「なんか、女の人が捕まえろって叫んでたっけ」
「ああ、聞こえました」
「馬鹿だよねぇ、ただの人族が私らのスピードに追いつけるわけないのに」
「でも、けっこう早かったぞ、あいつら」
相手は獣人の冒険者ではなかったらしい。冒険者ギルドの依頼は、種族関係なく受けられるものなので、人族であっても問題はないのだそうだ。
ケニーたちは、ウッドフェンスの途中にある出入り口から入ってきたようで、そこから冒険者たちは入ってこれないだろうから、大丈夫だろう。
それにしても、捕まえろだなんて、物騒な感じ。
「ところで、二人とも、どこ行ってたのよ」
「あぁ、周りの探索ついでに、オババに頼まれてた薬草探してたんです」
「探してる途中で、奴らに声かけられて、ね?」
ケニーたちにしてみれば、いい迷惑といったところか。
あの冒険者たちがうろついている間は、さすがに薬草探しをするわけにもいかないだろう。
私たちは目的でもあった拠点のメンテナンスをさっさと終わらせると、面倒ごとに巻き込まれる前に、と村の方へと戻るのであった。





